はじめに
国際宇宙ステーション(ISS)は2030年に退役する予定だ。1998年の組立開始から30年以上にわたり人類の宇宙滞在を支えてきたISSの後継として、NASAは民間企業主導の商業宇宙ステーションへの移行を進めている。
NASAのCLD(Commercial Low Earth Orbit Destinations)プログラムのもと、複数の企業が独自の宇宙ステーション開発に取り組んでいる。本記事では、主要4社(Axiom Space、Vast、Orbital Reef、Starlab)の開発状況を比較し、ISS後の低軌道利用の全体像を整理する。
NASAのCLDプログラム — ISS民営化への道筋
プログラムの概要
NASAは2021年にCLDプログラムを開始し、Phase 1としてAxiom Space、Blue Origin(Orbital Reef)、Nanoracks(のちにStarlabへ発展)の3社にSpace Act Agreementを締結した。
CLDの目的は、NASAが「顧客の一つ」として商業ステーションを利用する構造への転換だ。ISSの年間運用コスト約30億ドルをNASAが負担している現状から、民間主導のステーションにリサーチや宇宙飛行士の訓練をアウトソースすることで、コストを大幅に削減し、浮いた予算を月・火星探査に振り向ける狙いがある。
Phase 2の動向
NASAは2025年末にPhase 2の提案募集を実施し、2026年前半に複数の資金提供付きSpace Act Agreementを締結する予定だ。Phase 2では、選定企業に対してより大きな資金支援が行われる。NASAは2028年までにCLDステーションの運用を開始し、ISSとの2年間の並行運用期間を設けたい考えだ。
4社の開発状況
1. Axiom Space — ISS接続型からの独立
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本社 | テキサス州ヒューストン |
| 設立 | 2016年 |
| CEO | Michael Suffredini(元NASAのISS計画マネージャー) |
| 累計資金調達 | 約3.5億ドル以上 |
| NASA契約 | CLD Phase 1 |
開発アプローチ
Axiom Spaceの戦略は他社と一線を画す。ISSにモジュールを接続し、段階的に拡張した後、ISS退役時に分離して自立型ステーションに移行する方式を採る。
- AxH1(Axiom Habitat 1): 最初の居住モジュール。2026年末〜2027年にISSのハーモニーノードに接続予定
- AxH2以降: 2028年以降、追加モジュールを順次接続
- 分離・自立: 2030年のISS退役前に、Axiomモジュール群をISSから分離し、独立した宇宙ステーションとして運用
強み
- CLD参加企業の中で最も開発が進んでおり、唯一フライトハードウェアの製造段階に入っている
- ISS接続によるリスク分散。既存インフラを活用しながら段階的に拡張できる
- Axiom Missionシリーズ(Ax-1〜4)での有人ミッション実績。商業宇宙飛行の運用経験が豊富
- 船外活動(EVA)スーツ「AxEMU」の開発をNASAから受託(Artemis計画用)
商業モデル
- 有人ミッション: 民間宇宙飛行士のISS滞在サービス(1人あたり約5,500万ドル)
- 研究ラボ: 微小重力環境での製薬・材料研究スペースの提供
- 政府機関向け: 各国の宇宙飛行士訓練・ミッション支援
- 製造: 軌道上での高付加価値材料の製造
2. Vast — スタートアップの急先鋒Haven-1
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本社 | カリフォルニア州ロングビーチ |
| 設立 | 2021年 |
| 創業者/CEO | Jed McCaleb(Ripple共同創業者) |
| 資金 | McCalebの個人資産が主(推定数十億ドル規模の資産) |
| NASA契約 | CLD Phase 1には非参加、Phase 2に応募 |
開発アプローチ
VastはCLDプログラムの初期メンバーではないが、創業からわずか数年で主要プレーヤーに躍り出た。カリフォルニア州ロングビーチの工場で急速に開発を進めている。
- Haven-1: 単一モジュール型の商業宇宙ステーション。SpaceX Falcon 9で打ち上げ。当初2026年5月の計画だったが、2027年Q1に延期。クリーンルーム統合を完了し、最終組立段階にある
- Haven-2: 大型の次世代ステーション。SpaceX Falcon Heavyで2028年に最初のモジュールを打ち上げ予定。NASA CLD Phase 2での採択を目指す
強み
- McCalebの豊富な個人資産により、外部資金調達への依存度が低い
- SpaceXとの緊密な関係。Haven-1はFalcon 9で、Haven-2はFalcon Heavyで打ち上げ
- 設計から製造まで内製化を進め、開発スピードが速い
- 2026年2月にNASAのPrivate Astronaut Mission(PAM)に選定され、ISS有人ミッションの実績を積む予定
商業モデル
- 研究拠点: 微小重力環境でのR&Dスペース提供
- 宇宙旅行: 商業宇宙飛行士の滞在
- メディア・エンタメ: 軌道上からの映像制作等
- Haven-2でのNASAサービス: 宇宙飛行士の長期滞在拠点として提案
3. Blue Origin / Sierra Space — Orbital Reef
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リード企業 | Blue Origin(Jeff Bezos創業)、Sierra Space |
| パートナー | Boeing、Amazon、Redwire、ASU |
| NASA契約 | CLD Phase 1 |
| 構造 | 複数モジュールの大型ステーション |
開発アプローチ
Orbital Reefは「宇宙のビジネスパーク」をコンセプトに、複数のモジュールを軌道上で組み立てる大型ステーション構想だ。
- 設計段階: System Definition Review(SDR)をNASAと完了し、詳細設計フェーズに移行
- 人間参加型テスト: 実物大モックアップでの微小重力運用シミュレーションを実施。貨物搬入、廃棄物管理、作業スペース評価をテスト済み
- LIFE Habitat: Sierra Spaceが開発する膨張式居住モジュール。2026年にパスファインダーミッションを計画
- 打ち上げ: 2030年代前半の完成を目指す。複数回の打ち上げと軌道上組立が必要
強み
- ISSと同様の大型マルチモジュール構造で、収容人数と研究スペースが最大
- Bezosの資金力とBoeing・Amazonの技術力を結集
- Sierra SpaceのLIFE膨張式モジュールは、同体積の従来型モジュールより軽量で打ち上げコストを削減
- AWSのクラウドインフラとの統合が計画されており、データ処理能力で優位性
課題
- Blue OriginとSierra Spaceの協力関係に一時的な緊張が報じられた
- 複数回打ち上げ・軌道上組立は技術的にもスケジュール的にもリスクが高い
- 4社の中で完成時期が最も遅い見通し
商業モデル
- 混合利用: 商業・研究・観光のマルチテナント型
- クラウドサービス: AWS連携の軌道上データ処理
- 製造: 軌道上での先端材料・バイオ製品の製造
- 政府利用: NASA・他国宇宙機関の研究拠点
4. Starlab — 欧日米合同チーム
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 運営 | Starlab Space(Voyager Technologies × Airbus JV) |
| パートナー | 三菱重工、MDA Space |
| NASA契約 | CLD Phase 1 |
| 特徴 | 単一モジュール一括打ち上げ |
開発アプローチ
Starlabの最大の特徴は、単一の大型モジュールを一回の打ち上げで軌道に投入する方式だ。軌道上での組立が不要なため、技術リスクとスケジュールリスクを大幅に低減できる。
- Critical Design Review: 2026年2月にNASAとの商業CDRを完了。設計から製造・システム統合へのフェーズ移行を達成
- 打ち上げロケット: SpaceXのStarshipを選定
- 打ち上げ予定: 2028〜2029年
- 商業ペイロード: 打ち上げ前に商業ペイロードスペースが完売済み
強み
- 単一モジュール方式により、軌道上組立のリスクを回避
- Airbus(欧州最大の宇宙企業)の設計・製造能力
- 三菱重工の参画により、日本の技術基盤と市場へのアクセスを確保
- MDA Spaceのロボットアーム技術(カナダアーム2の後継)
- 商業ペイロード完売が示す、市場からの強い需要
課題
- Starshipの開発スケジュールに依存
- 単一モジュールのため、拡張性はマルチモジュール型に劣る
商業モデル
- 研究ラボ: 微小重力研究スペースの提供(ESAも利用を検討)
- 製造: 軌道上での高品質材料の製造
- 政府利用: NASA・ESA・JAXAの研究拠点
- 商業宇宙飛行: 有人ミッションの受け入れ
4社比較表
| 項目 | Axiom Space | Vast | Orbital Reef | Starlab |
|---|---|---|---|---|
| 打ち上げ予定 | 2026年末〜2027年(AxH1) | 2027年Q1(Haven-1) | 2030年代前半 | 2028〜2029年 |
| 構造 | マルチモジュール(ISS接続→分離) | 単一→マルチモジュール | マルチモジュール(軌道上組立) | 単一モジュール |
| 打ち上げロケット | 未公表 | Falcon 9 / Falcon Heavy | 未公表 | Starship |
| NASA CLD | Phase 1 | Phase 2応募 | Phase 1 | Phase 1 |
| 主なバッカー | 民間投資家 | Jed McCaleb個人 | Jeff Bezos | Voyager + Airbus |
| 有人ミッション実績 | Ax-1〜4(ISS滞在) | なし(2026年PAM選定) | なし | なし |
| 日本との関係 | — | — | — | 三菱重工がパートナー |
| 独立運用開始 | 2030年頃 | 2027年(Haven-1) | 2030年代前半 | 2029年頃 |
ISS退役のタイムライン
ISSの退役は段階的に進められる。
| 時期 | イベント |
|---|---|
| 2026年 | NASA CLD Phase 2の契約締結。Axiom AxH1打ち上げ |
| 2027年 | Vast Haven-1打ち上げ。CLD各社の開発加速 |
| 2028年 | CLD運用開始目標。ISS退役前の並行運用期間開始 |
| 2029年 | Starlab打ち上げ。ISSの段階的な実験移行 |
| 2030年 | ISS退役。SpaceXのデオービット車両で制御落下(太平洋) |
| 2030年代 | 商業ステーションが低軌道の主要インフラに |
NASAはISSのデオービット(軌道離脱・大気圏再突入)をSpaceXに委託しており、約8.43億ドルの契約を締結している。ISSは太平洋の無人海域に制御落下させる計画だ。
商業宇宙ステーションのビジネス機会
ISS後の商業ステーションは、以下の分野でビジネス機会を創出する。
微小重力研究・製造
地上では実現できない微小重力環境を活用した研究・製造が最大の市場だ。
- 製薬: タンパク質結晶成長の高品質化(地上比10倍以上の品質)
- 先端材料: ZBLAN光ファイバー、半導体結晶の製造
- バイオプリンティング: 臓器組織の3Dプリンティング
- 市場規模: 軌道上製造市場は2030年に100億ドル規模に成長する予測もある
宇宙旅行・観光
商業ステーションは宇宙旅行の主要目的地となる。
- 現在のISS滞在コスト: 1人約5,500万ドル
- 商業ステーションでは、運用コスト削減によりコストの低下が見込まれる
- 映像制作、イベント開催など「体験」の多様化
政府機関の利用
NASA以外にも、ESA、JAXA、各国の宇宙機関が商業ステーションを利用する。NASAは年間2名の宇宙飛行士を商業ステーションに派遣し、微小重力研究を継続する方針だ。
宇宙インフラとしての機能
- デブリ除去: ステーションを基地としたデブリ除去ミッションの運用
- 衛星サービス: 衛星の修理・燃料補給の拠点
- 深宇宙探査: 月・火星ミッションの中継基地
日本にとっての意味
日本はISSの「きぼう」モジュールで20年以上の有人宇宙活動の実績を持つ。ISS退役後も低軌道での活動を継続するため、以下の取り組みが進んでいる。
- Starlab参画: 三菱重工がStarlabのパートナーとして参加。日本の技術と実験機会の確保
- JAXA: 商業ステーションの利用計画を検討中
- 宇宙戦略基金: 10年間1兆円の投資で軌道上サービス分野を支援
ISS後の低軌道利用において日本がどのような役割を果たすかは、今後の宇宙政策の重要な論点だ。
よくある質問(FAQ)
Q1. ISSはいつなくなる?
NASAの計画では2030年に退役する。SpaceXが開発するデオービット車両で制御的に太平洋に落下させる。ただし、ISS自体の構造健全性や商業ステーションの進捗次第で、退役時期が延期される可能性もある。
Q2. 商業ステーションに一般人は行ける?
将来的には可能だが、当面は宇宙機関の飛行士や企業の研究者が主な利用者だ。Axiom Missionでは民間人のISS滞在が実現しており、商業ステーションではさらにアクセスが容易になると期待されている。
Q3. 中国やロシアはどうする?
中国は独自の宇宙ステーション「天宮」(Tiangong)を2022年に完成させ、運用中。2030年代には拡張計画もある。ロシアはISSからの離脱後、独自ステーション「ROSS」の建設を計画しているが、予算とスケジュールには不透明感がある。
Q4. 4社のうちどこが最有力?
現時点ではAxiom Spaceが開発進捗・実績ともに最もリードしている。ただし、Vastの資金力とスピード、Starlabの単一モジュール方式のリスク低減効果なども注目に値する。最終的には複数社が共存する市場になる可能性が高い。
Q5. 商業ステーションの価格はどのくらい?
開発コストは各社で異なるが、ISS(総額約1,500億ドル)と比較して大幅に安くなることが期待されている。NASAのCLD構想は、民間投資を活用することで政府の負担を年間10億ドル以下に抑えることを目指している。
参考としたサイト
- NASA — Commercial Space Stations
- Singularity Hub — The Era of Private Space Stations Launches in 2026
- The Motley Fool — Who’s Winning the Space Station Race Right Now?
- NASASpaceFlight.com — Vast Haven-1 Update
- Payload Space — Vast Delays Haven-1 Launch to 2027
- Voyager Technologies — Starlab Completes NASA CCDR
- SpaceNews — Starlab Fully Books Commercial Payload Space
- Sierra Space — Orbital Reef Space Station
- New Space Economy — NASA CLD Program Status
- NASASpaceFlight.com — Commercial Industry Gears Up for ISS Replacement