EU Space Actの概要
EU Space Act(正式名称: EU域内の宇宙活動に関する枠組みを確立する欧州議会・理事会規則)は、2025年6月25日に欧州委員会が正式に提案した、EU全体の宇宙活動を規律する法案。現在、欧州議会と理事会で審議中(欧州委員会)。
背景
- 欧州では現在13カ国が独自の国内宇宙法を持つ「パッチワーク」状態にある
- 米国・中国と比較して欧州の宇宙投資額は約6分の1
- 宇宙デブリの増加、サイバーセキュリティの脅威、宇宙活動の商業化に対応するためのEU統一枠組みが必要とされている
対象範囲
EU域内で宇宙サービスを提供する全ての事業者が対象。EU加盟国の事業者だけでなく、非EU加盟国の事業者がEU域内でサービスを提供する場合も登録が必要(第14条〜第23条)(Cooley)。
主な規定内容
3本柱
EU Space Actは安全性(Safety)、強靱性(Resilience)、**持続可能性(Sustainability)**の3本柱で構成されている(CMS LawNow)。
許認可制度
EU域内の宇宙事業者は、1つのEU加盟国から許認可を取得する必要がある。1カ国で取得した許認可は全加盟国で有効(単一市場原則)。
欧州委員会の影響評価によると、許認可手数料は衛星プラットフォームまたはサービスラインごとに約10万ユーロ。打上げプロバイダーは小型ロケットで約20万ユーロ、大型ロケットで最大150万ユーロ(King & Spalding)。
スペースデブリ関連
- デブリ軽減計画の提出を義務化(衝突回避、運用終了時の軌道離脱、リスク低減戦略を含む)
- 衛星の安全な処分の義務
- 宇宙機の追跡可能性の確保
- 衝突回避サービスへの加入義務
- 大型コンステレーションに対する追加のデブリ軽減基準
環境フットプリント宣言(EFD)
事業者は許認可申請時に環境フットプリント宣言の提出を義務付けられる。光害および電波汚染の制限も含まれる。適格技術機関による検証証明書の取得が必要(Technology’s Legal Edge)。
責任と保険
保険の付保義務が設定されている。ただし、宇宙物体による損害に対する責任制限(上限額)はEU法で規定されず、各国の国内法に委ねられる(Heuking)。
サイバーセキュリティ
全ての宇宙事業者および宇宙インフラに適用されるサイバーセキュリティ規則が含まれる。
非EU打上げプロバイダーの利用制限
EU域内の打上げプロバイダーに「代替可能な手段がない場合のみ」非EU打上げプロバイダーの利用を認める規定がある。
問題点として指摘されていること
米国政府の批判
米国国務省はEU Space Actの規定を「不公正かつ不当」(unfair and unwarranted)と表明した。米国商工会議所は非欧州企業への「過度なコンプライアンスコスト」を批判。SpaceXは宇宙安全に関する規定の「抜本的な簡素化」を要求した(Breaking Defense、SpaceNews)。
非EU打上げプロバイダーの利用制限について、NATOの協力関係をも阻害しうるとの指摘もある。
コスト増の試算
Progressive Policy Instituteの分析によると(PPI):
| 項目 | 影響 |
|---|---|
| 衛星製造コスト | 3〜10%増加 |
| コンプライアンス費用 | 数十万〜数百万ドル規模の追加コスト |
| 衛星製造需要 | 13.6%減少の可能性 |
欧州委員会自身の推計でも、製造コスト最大10%増、環境フットプリント対応に4,000〜8,000ユーロ、許認可に約10万ユーロとしている。
「宇宙のGDPR」への懸念
European Law Blogは、EU Space Actが「宇宙のGDPR」になりかねないと指摘している。GDPRがデータ保護の分野でグローバルな規制基準となったように、EU Space Actも域外適用を通じて他国の宇宙活動に影響を及ぼす可能性がある(European Law Blog)。
過剰規制とイノベーションへの影響
ESPI(European Space Policy Institute)は以下を指摘している(ESPI):
- 過度または不明確な技術要件がイノベーションや起業を阻害するリスク
- 適格技術機関(QTB)のキャパシティ制約
- 中小企業・スタートアップの市場アクセスへの障壁
大型コンステレーションへの追加規制
大型衛星コンステレーションに対する追加の安全基準・デブリ軽減基準は、事実上SpaceX Starlinkなどの米国企業を標的にしているとの批判がある(ITIF)。
責任制限の不在
損害賠償の上限がEU法で統一されず各国法に委ねられるため、複数の法域で事業を行う企業は依然として各国の異なる法制に対応する必要がある。
国家安全保障免除条項(第4条)
加盟国が宇宙活動を「軍事」と宣言することで規制を回避できる抜け穴がある。スタンフォード大学宇宙法学会はこの条項の削除を主張している(Stanford Space Law Society)。
今後のスケジュール
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2025年6月 | 欧州委員会が提案を公表 |
| 2025年7〜11月 | パブリックコンサルテーション(終了) |
| 2025年12月 | 理事会議長国(デンマーク)が修正テキストを公表 |
| 2026年2月 | 欧州議会ITRE委員会・理事会で審議継続中 |
| 2028年頃(見込み) | 最終採択 |
| 2030年1月1日 | 発効予定 |
| 2032年1月1日 | 完全適用開始予定 |
日本企業への影響
EU Space ActはEU域内でサービスを提供する非EU企業にも適用されるため、日本の宇宙企業もコンプライアンス対応が必要になる。
長島・大野・常松法律事務所が「EU宇宙法の日本の宇宙事業者への影響」を発表(2025年9月)。PwC Japanも概説を公表している(PwC Japan)。
指摘されている対応事項:
- 要求水準の読み替え
- 技術・運用計画の策定
- 環境フットプリント対応
- サイバーセキュリティ・物理レジリエンス強化
- 電子証明書の取得体制の設計
2025〜2029年に下位法令・標準の策定が進むため、早期からの準備が必要とされている。
なお、日本政府も宇宙活動法の改正を2026年の通常国会に提出する意向であり、第6回日EU宇宙政策対話(外務省)を通じた政策調整が進んでいる。
参考とした資料
- EU Space Act — European Commission
- EUR-Lex 52025PC0335
- 10 Key Implications — Cooley
- U.S. Government Feedback — Office of Space Commerce
- US slams discriminatory draft — Breaking Defense
- Cost Impact Assessment — Progressive Policy Institute
- Bold Words, Blurred Lines — ESPI
- A GDPR for outer space? — European Law Blog
- National Security Clause — Stanford Space Law Society
- 欧州宇宙法案の概説 — PwC Japan
- EU宇宙法の日本の宇宙事業者への影響 — 長島・大野・常松法律事務所