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GPS妨害が海運の日常リスクに — 13,000隻が被害、代替測位技術(PNT)の最前線


GPS妨害はもはや「例外」ではない

GPSへの妨害は、海運にとって例外的なインシデントではなく、日常の運航リスクとして定着しつつあります。

2025年上半期だけで13,000隻以上の船舶がGPSジャミング(GPS信号への意図的な電波妨害)の被害を受けました。GPS信号の偽装(スプーフィング)は**27の排他的経済水域(EEZ)**で常態化しています。

イスラエルのWindwardが公表した2025年第3四半期のデータでは、同四半期だけで11,600隻のGPSジャミング被害が検出されています。

出典: Windward — GPS Jamming Is Now a Mainstream Maritime Threat

妨害の背景: 地政学リスクと軍事転用

GPSジャミングが常態化している主な海域は以下の通りです。

  • バルト海: ロシアによるGPS妨害が日常化。ウクライナ戦争以降、妨害の範囲と強度が拡大
  • 中東(紅海・ペルシャ湾): フーシ派や関連組織による商船への妨害。紅海危機と連動
  • 南アジア: GPS妨害の影響が高度1,900kmの衛星にまで及んだ事例が報告されている

ウクライナ戦争ではGPS妨害の影響が低軌道から中軌道まで広範な電磁環境の劣化を引き起こし、民間航空にも影響を及ぼしています。

代替PNT(測位・航法・時刻同期)技術

GPS単一依存のリスクが顕在化する中、「代替PNT」(Positioning, Navigation, Timing)と呼ばれる技術群の開発が各国で加速しています。

ArkEdge Space(日本)— LEO衛星を使った新しい測位方式

日本のArkEdge Spaceは、LEO(低軌道)衛星を利用した測位・航法・時刻同期技術「LEO-PNT」の研究開発を進めています。LEO衛星はGEO/MEO衛星(GPS衛星が飛ぶ中高度軌道)に比べて地上に届く信号が約1,000倍強く、ジャミングに対する耐性が高いとされています。

  • Series B: 80億円(累計107億円)を調達
  • JAXA選定: 2025年10月にLEO-PNT調査研究に選定
  • スカパーJSAT提携: 事業提携MOU締結
  • 国際連携: 米TrustPoint、英Royal Institute of Navigation、豪FrontierSIと連携
  • **Via Satellite「10 Hottest Companies 2026」**に選出

出典: ArkEdge Space — JAXA LEO-PNT調査研究選定 / GPS World — ArkEdge国際連携

Iridium PNT ASIC — 8mmチップで暗号認証付き測位

衛星通信大手Iridiumは、8mmサイズのチップ(ASIC: 特定用途向け集積回路)に暗号認証付き測位機能を搭載した「Iridium PNT ASIC」を開発中です。2026年中の商用化を予定しています。

GPSとは異なり暗号で保護された信号を使うため、スプーフィング(偽信号による位置偽装)に対する耐性が高い点が特徴です。

出典: Iridium PNT ASIC

Xona Space Systems(米国)— 専用LEO-PNTコンステレーション

米国のXona Space Systemsは、測位専用のLEOコンステレーション「Pulsar」の構築に向けて9,200万ドルを調達済みです。GPS補完ではなく、GPSから独立した測位基盤の構築を目指しています。

みちびき(QZSS)CLAS — 日本周辺のセンチメートル級測位

日本の準天頂衛星システム「みちびき」は、CLAS(センチメートル級測位補強サービス)により日本周辺でセンチメートル級の精度を提供しています。自律運航船の接岸支援に有用ですが、カバレッジは日本・オセアニア周辺に限定されます。

eLoran — 地上系のバックアップ

eLoran(enhanced Loran)は地上系の電波航法で、GPS妨害への耐性が高い「最後の砦」として再評価されています。2026年1月の海事政策においても明示的に言及されました。

自律運航との関係: MASS Code 2026年採択

IMO(国際海事機関)の自律運航船規則「MASS Code」は、2026年5月のMSC 111で非強制コードとして最終化・採択される予定です。2028年に強制コードの策定が始まり、2032年1月の発効が目標とされています。

自律運航が実運用に入る段階では、GPS妨害下でも安全な航行を継続できる測位レジリエンス(回復力)が規制要件となる可能性が高く、上記の代替PNT技術の重要性はさらに増すと考えられます。

出典: IMO — Autonomous Shipping

まとめ

GPSジャミング・スプーフィングは、もはや軍事的なリスクにとどまらず、商船の日常運航に影響を与える現実の脅威となっています。日本発のArkEdge Space(LEO-PNT)をはじめ、Iridium PNT ASIC、Xona Pulsar、みちびきCLAS、eLoranなど、複数の代替PNT技術が並行して開発されており、GPSへの単一依存から脱却する「マルチPNT」の時代が近づいています。


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