HAPSとは何か
HAPS(High Altitude Platform Station)は、成層圏(高度約20km)に長期間滞空する無人航空機やエアシップを通信基地局として活用する技術である。日本語では「成層圏プラットフォーム」と呼ばれる。
HAPSは衛星と地上基地局の中間に位置し、両者の弱点を補完する存在だ。
| 項目 | 地上基地局 | HAPS | LEO衛星 |
|---|---|---|---|
| 高度 | 地上〜数十m | 約20km | 300〜1,500km |
| カバー範囲 | 半径数km | 半径数十〜200km | 広大だがハンドオーバーが頻発 |
| 遅延 | 極めて小さい | 小さい(数ms) | やや大きい(20〜40ms) |
| 設置コスト | 高い(用地・建設) | 機体コスト | 打ち上げコスト |
| 災害耐性 | 低い(地上被災で停止) | 高い(空中のため被災しない) | 高い |
| 運用期間 | 半永久的 | 数か月〜数年(機体による) | 5〜7年 |
衛星では遅延が大きく、地上局ではカバーできない地域がある。HAPSはその「間」を埋める第3の通信インフラとして注目されている。
HAPSの仕組み
機体の種類
HAPSの機体は大きく2種類に分かれる。
HTA(Heavier Than Air)型 — 固定翼無人機
太陽光パネルを翼に搭載し、昼間に発電・蓄電しながら成層圏を旋回飛行する。代表的な機体はAirbus Zephyr、BAE Systems PHASA-35、ソフトバンクのSungliderなど。
特徴:
- 軽量で大面積の太陽光パネルを搭載可能
- 風の影響を受けやすく、定点維持に工夫が必要
- 高度65,000〜70,000フィート(約20km)を飛行
LTA(Lighter Than Air)型 — 飛行船・気球
ヘリウムの浮力で浮上し、成層圏に滞空する。米国Sceye社やフランスThales Alenia Spaceの「Stratobus」が代表例。
特徴:
- 定点保持が比較的容易
- 固定翼型より大型のペイロードを搭載可能
- 風速への耐性は機体設計に依存
通信ペイロード
HAPSに搭載される通信機器は、地上の携帯端末と直接通信できるよう設計されている。3GPPの規格ではNTN(Non-Terrestrial Networks)の一種として位置づけられ、既存のスマートフォンやIoT端末からの接続が想定されている。
1基のHAPSで半径数十〜200kmの範囲をカバーでき、数千〜数万の端末と同時接続が可能とされる。
主要プレーヤーの開発状況
ソフトバンク — 2026年に日本でプレ商用サービス
ソフトバンクはHAPS事業に最も積極的な日本企業である。2017年に子会社HAPSモバイルを設立し、米国Loon(Google子会社、2021年閉鎖)との協業を経て開発を進めてきた。
HTA型: Sunglider
AeroVironment社と共同開発した固定翼型HAPS。翼幅約78mの大型無人機で、太陽光発電により成層圏を連続飛行する。これまでに複数回の飛行試験を実施している。
LTA型: Sceye社との提携
2025年6月、ソフトバンクは米国Sceye社に約15億円(約1,500万ドル)を出資し、日本国内でのHAPSサービス展開に関する独占契約を締結した。Sceye社のLTA型HAPSはヘリウム浮力を利用した飛行船で、軽量素材を使い成層圏での長時間滞空を実現する。
ソフトバンクは2026年に日本国内でプレ商用サービスを開始すると発表しており、まずLTA型(Sceye社製)で早期の商用化を目指す方針だ。HTA型のSungliderは長期的な開発を継続する。
NTTドコモ × Airbus — Zephyr
NTTドコモは2024年6月、Airbus Defence & Spaceおよびその子会社AALTOと資本業務提携を締結した。日本のコンソーシアムはAALTOに最大1億ドル(約150億円)を投資している。
AALTOが製造・運用する「Zephyr」は、2022年に無人航空機の世界最長滞空記録となる64日間の連続飛行を達成した固定翼型HAPSである。翼幅25m、重量75kgと軽量で、太陽電池とバッテリーで成層圏を飛行する。
NTTドコモとSpace Compassは、2026年中の日本でのサービス提供開始を目指している。
BAE Systems — PHASA-35
英国BAE Systemsが開発する固定翼型HAPS。2024年12月、米国スペースポートアメリカで24時間の連続飛行試験に成功し、高度66,000フィート以上の成層圏を巡航した。着陸後2日で再飛行可能な状態だったことが特筆される。
2025年には太陽光発電・蓄電容量を従来の2倍以上に増強した新型機を2機製造し、さらなる飛行試験を実施。2026年中の実運用開始を目標としている。用途は監視・偵察・通信が想定されており、防衛分野での需要が大きい。
その他のプレーヤー
| 企業 | 国 | 機体名 | 型 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| Sceye | 米国 | — | LTA | ソフトバンクが出資。日本展開の独占権 |
| Thales Alenia Space | フランス | Stratobus | LTA | 全長115m。通信・観測のデュアルユース |
| Loon(閉鎖) | 米国 | — | 気球 | Google系。2021年閉鎖。技術はHAPSモバイルに一部継承 |
| AALTO(Airbus子会社) | フランス | Zephyr | HTA | 64日間連続飛行の世界記録 |
成層圏という環境の特殊性
HAPSが飛行する高度約20km(成層圏)は、以下の特殊な環境条件を持つ。
| 項目 | 成層圏(高度20km) | 地上 |
|---|---|---|
| 気温 | 約-50〜-60℃ | 地域による |
| 気圧 | 約55hPa(地上の約5.5%) | 1013hPa |
| 風速 | 比較的穏やか(ジェット気流の上) | 地域による |
| 紫外線 | 極めて強い | オゾン層が遮蔽 |
| 降水 | なし(雲の上) | あり |
成層圏は対流圏(高度約12km以下)の上に位置し、天候の影響をほとんど受けない。ジェット気流は対流圏上部(高度約10km)を流れるため、高度20kmでは比較的穏やかな風環境が得られる。これがHAPSの長期滞空を可能にする要因の一つだ。
一方で、極低温と強紫外線は機体材料に厳しい条件を課す。太陽電池パネルやバッテリーは温度変化への耐性が求められ、機体表面は紫外線劣化への対策が必要になる。
HAPSの活用分野
1. 通信インフラの補完 — 5G/6Gへの応用
HAPSの最大の活用先は通信である。以下の場面で地上基地局やLEO衛星を補完する。
- 僻地・離島・山間部: 基地局の設置が経済的に困難な地域への通信提供
- 海上: 船舶・海洋資源開発向けの安定した通信
- 都市部の容量増強: イベント時や災害時の一時的な通信容量の確保
- 発展途上国: 通信インフラの整備が遅れている地域への迅速な展開
3GPPのNTN規格にHAPSが含まれたことで、既存の5G/LTE端末からHAPSへの直接接続が標準化の道筋に乗っている。6G時代にはHAPSが「空の基地局」として不可欠なインフラになると見る向きもある。
通信容量の観点では、HAPSは1基で数千〜数万の同時接続をサポートできるとされる。LEO衛星と比較してHAPSは地上に近い分、より低遅延・高帯域の通信が可能だ。一方で、1基あたりのカバー範囲はLEO衛星より狭いため、広域をカバーするには複数基の運用が必要になる。
2. 災害対応
地震・台風・洪水などで地上の基地局が被災した場合、HAPSは迅速に通信を復旧できる。地上インフラに依存しないため、被災地上空に飛来するだけで広範囲の通信を確保できる。
実際に、東南アジアでの台風被害後にHAPS技術を活用した通信復旧の事例が報告されている。日本は災害大国であり、HAPS導入の強い動機がある。
日本での具体的なユースケースとしては以下が想定される。
- 南海トラフ地震: 太平洋沿岸の広範囲で基地局が被災した場合の通信復旧
- 台風: 離島や沿岸部の通信途絶時の代替手段
- 火山噴火: 立入禁止区域の上空からの観測と通信確保
3. 広域監視・リモートセンシング
HAPSに光学センサーや合成開口レーダー(SAR)を搭載すれば、衛星よりも高解像度で、航空機よりも長時間の観測が可能になる。S-Booster 2025のグランプリを獲得したAstro Wave Technologiesは、まさにこの分野をターゲットにしている。
- 農業: 作物の生育状況を広域かつリアルタイムに監視。精密農業への活用
- 防災: 土砂災害や火山活動の兆候を長時間にわたり観測
- 安全保障: 国境や海域の継続的な監視。領海の不法侵入の検知
- 環境モニタリング: 森林火災の早期発見、海洋汚染の追跡
衛星では数日おきの観測しかできない場面でも、HAPSなら数時間から数日にわたる連続監視が可能だ。この「常時監視」能力がHAPSの最大の差別化ポイントである。
4. 測位の補強
GPSやGalileoなど既存のGNSS(全地球航法衛星システム)の信号を補強する用途も検討されている。HAPSからの測位信号は衛星よりも信号が強く、都市部のビル街やトンネル出入り口での測位精度を向上させる可能性がある。
自動運転やドローン配送の普及に伴い、センチメートル級の高精度測位への需要は急速に増加している。HAPSはこの需要に応える一つのソリューションになりうる。
市場規模と展望
グローバル市場
HAPS市場は2024年時点で約10億ドル規模と推定されている。2033年までに約34億ドルに成長するとの予測があり、年平均成長率(CAGR)は約14.5%とされる。
成長のドライバーは以下の通り。
- 5G/6Gの展開: 基地局だけではカバーしきれない領域への需要
- 防衛予算の増加: 監視・偵察プラットフォームとしてのHAPS需要
- 災害対応の強化: 各国での防災インフラ整備
- コスト低下: 太陽電池・バッテリー技術の進歩による機体コストの削減
課題
HAPSが本格的に普及するには、いくつかの課題が残っている。
技術的課題
- 成層圏の過酷な環境(気温マイナス50〜60度、紫外線)での長期耐久性
- 太陽光発電だけで夜間も含めた連続運用を維持する蓄電技術
- 風速20m/s以上の環境での定点維持
規制・制度的課題
- 成層圏飛行に関する航空法の整備が各国で未成熟
- 周波数帯の割り当て(ITU WRC-23で議論が開始)
- 複数のHAPSが同一空域で運用される場合の航行管理
経済的課題
- 1基あたりの製造・運用コストがまだ高い
- 衛星との差別化が明確でないユースケースもある
- 継続的な運用(数か月〜年単位)の実績がまだ少ない
よくある質問(FAQ)
Q1. HAPSと衛星インターネット(Starlinkなど)は競合するのか?
部分的には競合するが、基本的には補完関係にある。Starlinkなどの衛星コンステレーションは全地球規模のカバレッジを得意とするが、遅延はHAPSより大きく、端末あたりの帯域幅も限られる。HAPSは限定された地域に対して高帯域・低遅延の通信を提供する点で差別化される。将来的には、衛星・HAPS・地上局の3層が連携する統合ネットワークが実現すると考えられている。
Q2. HAPSの機体は何年くらい飛び続けられるのか?
現時点で商用レベルの長期滞空実績はまだ少ない。HTA型(固定翼)のAirbus Zephyrが2022年に64日間の連続飛行を達成したのが世界記録だ。目標としては数か月から1年以上の連続運用が掲げられているが、太陽電池の劣化やバッテリーの寿命、機体構造の疲労など、長期運用の課題はまだ解決途上にある。
Q3. HAPSの運用に航空管制の許可は必要か?
必要。HAPSは航空法上の無人航空機に該当し、各国の航空当局の許可が必要になる。成層圏飛行に特化した規制はまだ整備途上であり、ITU(国際電気通信連合)のWRC-23では周波数帯の議論が始まった段階だ。日本では総務省と国土交通省が連携して制度整備を進めている。
Q4. HAPSは一般消費者が直接使えるようになるのか?
ソフトバンクの構想では、一般のスマートフォンからHAPS経由で通信できるサービスを目指している。3GPPのNTN規格が標準化されれば、既存の5G対応スマートフォンから特別な機器なしでHAPSと通信できるようになる見通しだ。ただし、初期段階では法人向けの限定サービスからスタートする可能性が高い。
Q5. HAPSは環境に悪影響を与えないか?
HAPSは太陽光発電で飛行するため、CO2排出はほぼゼロである。打ち上げに燃料を使う衛星と比較して環境負荷は小さい。ただし、成層圏のオゾン層への影響や、機体の廃棄時の環境負荷については、長期的な評価が必要とされている。
日本の位置づけ
日本はHAPS分野で世界をリードするポジションにある。ソフトバンクとNTTドコモの2大通信キャリアが本格参入し、2026年中のプレ商用サービスを目指している国は他にほとんどない。
背景には以下の要因がある。
- 災害大国: 地震・台風が頻発し、地上基地局が被災するリスクが高い
- 離島・山間部が多い地理: 基地局のカバレッジに限界がある
- 通信キャリアの競争: ソフトバンクとNTTドコモが異なる技術(LTA vs HTA)で競い合っている
- 政府の支援: 総務省がHAPS向け周波数帯の検討を進めている
ソフトバンクとNTTドコモが異なるアプローチ(LTA vs HTA)で開発を進めていることは、日本のHAPS産業全体にとってプラスだ。どちらの技術が優位かはまだ結論が出ておらず、両方のアプローチが並行して進むことで、技術的なリスク分散が図られている。
まとめ
HAPSは衛星と地上基地局の間を埋める「第3の通信インフラ」として、2026年に日本で商用化の第一歩を踏み出す。ソフトバンクはSceye社と提携しLTA型でプレ商用サービスを、NTTドコモはAirbus Zephyrを活用しHTA型でサービス提供を目指している。
通信だけでなく、災害対応・広域監視・農業・防衛と活用分野は幅広い。市場規模は2033年に34億ドルに達する見通しで、太陽電池とバッテリー技術の進歩がコスト低下を後押しする。
3GPPのNTN規格にHAPSが含まれたことで、既存のスマートフォンとの互換性も確保される方向にある。衛星通信とHAPSの組み合わせにより、「圏外」という概念が過去のものになる日は、想像以上に近いかもしれない。
参考としたサイト
- ソフトバンク — 「空飛ぶ基地局」のHAPS、2026年に日本でプレ商用サービス開始
- ソフトバンクニュース — 空飛ぶ基地局「HAPS」、いよいよ国内始動へ
- ソフトバンク — 成層圏通信プラットフォーム「HAPS」
- BAE Systems — PHASA-35 completes first successful stratospheric flight
- Aerospace Testing International — BAE Systems’ Phasa 35 drone completes stratospheric test flights
- MarkNtel Advisors — High Altitude Pseudo Satellites (HAPS) Market Size & Forecast to 2030
- Wikipedia — 成層圏プラットフォーム