この記事は「宇宙スタートアップ・投資総覧」の詳細記事です。
デブリ除去が「ビジネス」になる理由
地球周回軌道には約36,000個の10cm以上のデブリが追跡されている。1cm以上を含めると100万個以上、1mm以上では1億個を超える。国際宇宙ステーション(ISS)も年に数回のデブリ回避マヌーバを実施している。
SpaceXのStarlinkが7,000機以上を展開し、Amazon Kuiperが3,236機を計画する中、軌道環境の悪化は加速している。2024年にはFCCが衛星の軌道離脱期限を従来の25年から5年に短縮し、規制圧力も強まっている。
こうした背景から、デブリ除去は「社会貢献」ではなく「ビジネス機会」として認識されるようになった。市場規模は2025年の約4億ドルから2030年に28億ドルに成長すると予測されている。
デブリ除去の技術方式
接触型除去
ロボットアーム捕獲: ロボットアームでデブリを物理的に掴み、大気圏に投入して燃焼させる。最も直感的な方法だが、回転するデブリへのアプローチが技術的に困難。
磁気ドッキング: 事前にデブリ側に取り付けた磁気プレートを使って捕獲する方法。Astroscaleが推進する「事前設計型」のアプローチ。
ネット捕獲: 大型のネットを展開してデブリを包み込む方法。回転するデブリにも対応可能。ESAのe.Deorbit計画で検討された。
ハープーン: 銛(もり)のような装置をデブリに打ち込んで回収する方法。RemoveDEBRIS実験で実証済み。
非接触型除去
レーザーアブレーション: 地上または軌道上からレーザーをデブリに照射し、表面を蒸発させて生じる推力で軌道を変化させる。物理的な接触が不要だが、大出力レーザーの開発が課題。
イオンビーム: イオンエンジンの排気をデブリに当てて推力を与え、軌道を変化させる方法。
主要企業
Astroscale(日本/イギリス)
2013年にシンガポールで設立され、現在は東京に本社を置く。デブリ除去分野の世界的リーダー。累計3億ドル以上の資金調達に成功している。
ELSA-d(2021年打ち上げ): 磁気ドッキングによるデブリ捕獲の技術実証ミッション。「サービサー」衛星と「クライアント」衛星(模擬デブリ)を同時に打ち上げ、磁気プレートを使った捕獲と分離を繰り返し実証した。
ADRAS-J(2024年打ち上げ): 実際の軌道上デブリへの接近・観測ミッション。JAXAのCRD2(商業デブリ除去実証)プログラムの一環で、H-IIAロケットの上段残骸に接近し、至近距離からの撮像に成功した。
ビジネスモデル: 衛星メーカーに磁気プレート「FITS」を事前搭載してもらい、衛星のミッション終了後にデブリ除去サービスを提供する。自動車のロードサービスに近い概念だ。
ClearSpace(スイス)
ESA発のスタートアップ。2026年に計画されているESAのClearSpace-1ミッションの主契約者。
ClearSpace-1: ESAのVEGA-Cロケット上段の残骸(約112kg)を捕獲して大気圏に再突入させるミッション。4本のロボットアームでデブリを包み込む方式を採用。予算は約1億ユーロ。
技術: 「パックマン」型の捕獲機構が特徴。協調制御型のマルチアーム式で、回転するデブリにも対応できる設計。
Neumann Space(オーストラリア)
デブリ除去専業ではなく、高効率の電気推進システムを開発する企業。金属燃料を使用するイオンエンジンを開発しており、デブリ除去衛星やOOS(軌道上サービシング)衛星の推進系として採用が見込まれる。
特徴: 固体金属(亜鉛、マグネシウムなど)を燃料とするため、従来のキセノンイオンエンジンよりも燃料の保管・供給が容易。推力は小さいが、比推力(燃費)が高く、長期間のミッションに適している。
その他の主要プレーヤー
| 企業名 | 国 | 技術 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| D-Orbit | イタリア | 軌道移行・デコミッション | ION衛星キャリアで衛星の投入・除去 |
| Orbit Fab | アメリカ | 軌道上給油 | 燃料補給でデブリ化を防止 |
| TransAstra | アメリカ | 膨張式バッグ | デブリを袋で包んで捕獲 |
| EOS Space Systems | オーストラリア | 地上レーザー | レーザーでデブリの軌道を変更 |
| スカパーJSAT | 日本 | レーザー除去 | 商用通信衛星事業者がデブリ除去に参入 |
ビジネスモデル
顧客は誰か
宇宙機関(政府): ESA、JAXA、NASAなどがデブリ除去の初期顧客。政府調達により市場を創出する段階。
衛星オペレーター: 衛星のミッション終了後のデコミッション(退役処理)サービスとして需要がある。FCC規制強化により義務化が進む。
保険会社: デブリ除去により衛星の衝突リスクが低減すれば、保険料を下げられる。保険会社がデブリ除去費用を負担するモデルも検討されている。
収益モデル
1回限りの除去サービス: 大型デブリ1個を除去するミッション。費用は1回あたり推定5,000万〜1億ドル。
デコミッション契約: 衛星打ち上げ時にデコミッション契約を締結し、ミッション終了時に除去サービスを提供。費用は衛星1機あたり数百万ドル。
「事前搭載+サービス」モデル: Astroscaleのように、磁気プレートを事前搭載し、必要時にサービスを提供する保険型モデル。
政策と規制
国際的な動き
国連COPUOSの宇宙デブリ軽減ガイドライン(2007年)は拘束力がなく、実効性に限界がある。2024年のFCC 5年ルール(衛星の軌道離脱を運用終了後5年以内に義務付け)は、規制強化の重要なマイルストーンだ。
日本の政策
JAXAのCRD2プログラムは、世界初の「政府が民間にデブリ除去を発注する」モデルとして注目されている。Astroscaleとの契約により、2020年代後半に実際の大型デブリ除去ミッションを実施する計画だ。
市場予測と課題
デブリ除去市場は2030年に28億ドルに成長すると予測されているが、課題も多い。
コスト: 大型デブリ1個の除去に数千万〜1億ドルかかる現状では、経済合理性が限定的。
法的責任: 他国のデブリを許可なく除去することは、宇宙条約上問題がある可能性がある。
技術的リスク: 回転するデブリへのアプローチは、失敗すればさらなるデブリを生むリスクがある。
ビジネスケース: 「誰が費用を払うか」が最大の課題。政府調達と規制強化が市場創出の鍵を握る。
まとめ
スペースデブリ除去は、技術実証から商業化への移行期にある。Astroscaleは磁気ドッキング方式で先行し、ClearSpaceはESAの支援を受けてロボットアーム方式を推進している。市場の本格的な立ち上がりには、政府調達の拡大と規制強化による需要創出が不可欠だ。宇宙の持続可能性を守るためのビジネスとして、今後10年で急成長が見込まれる分野だ。
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