日本の防災に衛星データが不可欠な理由
日本は地震・津波・台風・洪水・土砂崩れ・火山噴火と、世界でも有数の自然災害多発国です。災害発生時には広域の被害状況を迅速に把握する必要がありますが、地上からのアクセスが困難な状況も多く、宇宙からの観測が極めて重要な役割を果たします。
衛星データの防災活用は主に3つのフェーズに分かれます。
- 予防・監視 — 平時からの地殻変動監視、洪水リスク評価
- 緊急対応 — 災害発生直後の被害状況把握、救助ルートの特定
- 復旧・復興 — 被害範囲の正確な測定、復旧計画の策定
だいち4号(ALOS-4) — 日本の防災衛星の切り札
概要
だいち4号(ALOS-4)は2024年7月にH3ロケットで打ち上げられ、2025年4月から定常運用を開始したJAXAの地球観測衛星です。SAR(合成開口レーダー)を搭載し、昼夜・天候を問わず地表を観測できます。
だいち2号からの進化
| 項目 | だいち2号 | だいち4号 |
|---|---|---|
| 使用バンド | Lバンド | Lバンド |
| 高分解能モード | 分解能3m・観幅50km | 分解能3m・観幅200km |
| 広域観測モード | 分解能100m・観幅490km | 分解能25m・観幅700km |
| スポットライトモード | — | 分解能1m×3m |
| データ伝送速度 | 800Mbps | 3.6Gbps |
だいち4号は観測幅が大幅に拡大し、データ伝送速度も4.5倍に向上しました。これにより、災害発生時にタイムリーかつ広域の緊急観測が可能になっています。
Lバンドの優位性
だいち4号が使用するLバンド(1.2GHz帯)は、他のSAR衛星が多く使うXバンドやCバンドと比べて波長が長く、植生を透過する能力が高い特徴があります。国土の約3分の2が森林で覆われた日本では、この透過性が地殻変動の検出精度に直結します。
緊急観測の実績
JAXAは国内外の自然災害に対し、だいち2号・だいち4号による緊急観測を実施しています。2025年だけでも多数の地震・洪水・火山活動に対して緊急観測が行われました。
国土地理院のInSAR解析
InSAR(干渉SAR)とは
InSARは、同じ地点を異なる時期に撮影した2枚のSAR画像の「干渉」を利用して、地表の微小な変動(数mm〜数cm)を検出する技術です。
国土地理院はだいち2号・だいち4号のデータを用いて、日本全国の地殻変動を継続的に監視しています。
主な活用場面
- 地震の地殻変動 — 断層のずれ量と範囲の特定
- 火山の膨張・収縮 — マグマの蓄積状況の推定
- 地盤沈下 — 都市部の地盤沈下の面的な把握
- 斜面の動き — 土砂崩れリスクの高い斜面の変動検出
だいち4号では、2024年10月に初めて地殻変動の検出に成功しました。
準天頂衛星みちびき — 災危通報サービス
災害・危機管理通報(災危通報)
準天頂衛星システム「みちびき」は、測位機能に加えて**災害・危機管理通報(災危通報)**サービスを提供しています。
災危通報は、防災機関から発表された地震・津波・気象警報などの災害情報を、みちびきの衛星測位信号に重畳して配信するサービスです。
災危通報の特徴
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 配信内容 | 地震速報、津波警報、気象警報、避難情報 |
| 配信範囲 | 日本全域(みちびきの可視範囲) |
| 受信端末 | 対応受信機・スマートフォン(対応機種) |
| 遅延 | 数秒〜十数秒 |
| インフラ依存 | 地上通信インフラ不要 |
最大の利点は、地上の通信インフラに依存しない点です。地震や津波で携帯電話基地局が被害を受けた場合でも、みちびきからの信号を受信できる端末があれば災害情報を入手できます。
みちびきの測位精度
みちびきの補強信号「CLAS(センチメータ級測位補強サービス)」は、水平方向数cmの測位精度を実現します。これは以下の防災応用で活用されています。
- 土砂崩れの兆候となる斜面の微小な変動の検出
- 洪水時の水位計測
- 建物・インフラの変位モニタリング
Starlink — 災害時の通信インフラ
能登半島地震での活用
2024年1月の能登半島地震では、地上の通信インフラが広範囲に被害を受けました。被災地ではStarlinkの衛星通信端末が救助・復旧活動の通信手段として活用されました。
Starlinkは電源さえ確保できれば(バッテリーやポータブル発電機)、地上インフラの有無にかかわらずインターネット接続を提供できます。この経験から、自治体によるStarlink端末の事前配備が全国的に広がりつつあります。
自治体の導入事例
複数の自治体が防災備蓄品としてStarlink端末を導入しています。平時はイベント会場や公共施設のWi-Fiとして利用し、災害時には避難所や災害対策本部の通信手段に切り替える運用が一般的です。
衛星データによる洪水・浸水の把握
SARによる浸水域の特定
洪水発生時、SAR衛星は雲や雨を透過して地表を観測できるため、光学衛星では撮影できない悪天候時にも浸水域を把握できます。
水面はSARの電波を鏡面反射するため、画像上で暗く写ります。この特性を利用して、浸水している領域と浸水していない領域を自動的に判別することが可能です。
国土地理院の迅速な情報提供
国土地理院は大規模な洪水・浸水が発生した場合、SAR衛星画像を解析して「浸水推定図」を迅速に公開しています。この情報は救助活動のルート選定や避難指示の判断に直接活用されています。
衛星データによる土砂災害の検知
斜面変動の事前検知
InSARによる定期的な観測で、土砂崩れの兆候となる斜面の微小な変動を事前に検知する取り組みが進んでいます。従来は現地に設置した計器(伸縮計・傾斜計)で個別に監視していましたが、衛星データを使えば広域を面的に監視できます。
被害範囲の把握
土砂崩れが発生した後は、だいち4号の高分解能モード(分解能3m)やスポットライトモード(分解能1m×3m)で被害範囲を迅速に把握できます。
民間の衛星データ防災サービス
Synspective
Synspectiveは小型SAR衛星コンステレーション「StriX」を運用し、だいち4号のデータ・サービスプロバイダーにも選定されています。独自の解析プラットフォーム「LAND DISPLACEMENT MONITORING」で地盤変動を監視するサービスを提供しています。
天地人
天地人はJAXAから出資を受けた宇宙スタートアップで、衛星データを活用した地域課題解決ソリューションを提供しています。水害リスクの評価や農地の浸水リスク分析など、防災関連のサービスも展開しています。
課題と今後の展望
観測頻度の向上
現在のだいち4号の回帰周期は14日間です。災害発生直後に衛星が被災地上空を通過するとは限らず、「撮りたいときに撮れない」という課題があります。
この課題に対しては、複数の衛星によるコンステレーション(小型SAR衛星群)で回帰周期を短縮するアプローチが進んでいます。
データ解析の自動化
衛星画像の解析は専門知識を要する作業であり、災害時の迅速な対応にはAIによる自動解析が不可欠です。浸水域の自動検出、建物被害の自動判定など、AIの活用が進んでいます。
自治体への普及
衛星データを防災に活用するノウハウは、国の機関やプロの解析者に集中しています。自治体の防災担当者が直感的に使えるダッシュボードやアプリの開発が、今後の普及の鍵となります。
よくある質問(FAQ)
Q. だいち4号のデータは誰でも使えますか?
だいち4号の観測データはJAXAを通じて提供されています。研究目的では無料で利用可能なケースがありますが、商用利用にはライセンスが必要です。Synspectiveなどのデータ・サービスプロバイダーを通じて、より使いやすい形で取得することもできます。
Q. みちびきの災危通報を受信するにはどうすればよいですか?
災危通報を受信するには対応端末が必要です。対応受信機の一覧は準天頂衛星システムの公式サイトで公開されています。一部のスマートフォンでも対応機種が登場しつつあります。ただし、一般的な緊急地震速報はキャリア回線経由で配信されるため、ほとんどのスマートフォンで受信可能です。
Q. 自治体がStarlinkを防災用に導入するにはどうすればよいですか?
Starlinkの法人向けプランで複数台のアンテナを購入し、避難所や防災拠点に配備するのが一般的です。平時は公共施設のWi-Fiとして活用し、災害時に通信手段として切り替える運用が推奨されています。複数の自治体で導入実績があり、総務省の防災関連補助金の対象となる場合もあります。
Q. SAR衛星は曇りの日でも観測できますか?
はい。SAR(合成開口レーダー)はマイクロ波を使って観測するため、雲・雨・霧を透過して地表を撮影できます。これは光学衛星(カメラ)にはない大きな利点で、台風や豪雨の最中でも被害状況を把握できるのはこの特性のおかげです。また、夜間でも観測可能です。
Q. 衛星データによる防災は従来の方法とどう違いますか?
従来の防災情報収集は、地上の計器(地震計・水位計・伸縮計)やヘリコプターからの空撮に依存していました。これらは「点」の情報であり、設置場所に限りがあります。衛星データは「面」で広域を同時に観測でき、アクセスが困難な場所(土砂崩れで道路が寸断された地域など)の状況も把握できます。両者を組み合わせることで、より迅速で正確な災害対応が可能になります。