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宇宙関連の特許出願動向 — 日米中欧の知財戦略と主要企業ランキング


はじめに

宇宙産業の市場規模は2025年時点で約1.8兆ドルに達し、民間企業の参入が加速している。技術開発競争の裏では、特許による知的財産(IP)の確保が重要な経営戦略となっている。WIPOが2025年3月に公表した「Future of Transportation in Space」レポートによると、2000〜2023年の宇宙輸送関連の特許ファミリーは累計67,000件超に達し、年平均成長率(CAGR)は8%、2010年以降は**15%**に加速した。

本記事では、国別・企業別・技術分野別の宇宙特許動向を公開データから整理する。

出典: WIPO — Future of Transportation in Space / PatentVest — The Patent Battlefield(2026年1月)

IPCコード「B64G」とは

宇宙関連の特許は、国際特許分類(IPC)のB64Gクラスに分類される。正式名称は「COSMONAUTICS; VEHICLES OR EQUIPMENT THEREFOR」(宇宙航行学;そのための車両または装備)で、ロケット、人工衛星、宇宙ステーション、軌道上機器など宇宙空間で使用される技術全般をカバーする。

B64Gの主なサブクラス

コード対象技術
B64G 1/00宇宙船全般(設計、構造、部品)
B64G 1/22推進システム(化学推進、電気推進)
B64G 1/24姿勢制御・軌道制御
B64G 1/40人工衛星の配置・展開
B64G 1/64再突入技術(熱シールド等)
B64G 4/00宇宙ステーション

B64G以外にも、衛星通信はH04B 7/185、地球観測はG01SG06V、宇宙用電源はH02Sなど複数のIPCコードにまたがるため、宇宙特許の全体像を把握するには分野横断的な調査が必要になる。

出典: WIPO — IPC 2025 Edition Guide / USPTO — CPC Scheme B64G

国別の出願件数推移

中国が2012年以降トップを独走

WIPOの統計によると、2000〜2023年の宇宙輸送技術に関する特許ファミリー出願数は以下の通り推移している。

国・地域2000〜2023年累計2023年単年特徴
中国38,000件超約6,600件2012年に米国を抜き首位。2000年の15件から440倍に急増
米国約17,000件約2,200件2003年以降144%増。民間企業の出願が牽引
欧州約5,000件約500件Airbus、Thales Alenia Spaceが中心
日本約3,500件約300件三菱電機が国内トップ。通信・観測分野に集中

中国の特許出願は件数では圧倒的だが、約95%が国内出願のみで、海外への出願比率は約5%にとどまる。対照的に米国・欧州企業は複数国に出願する傾向が強く、国際的な権利保護の範囲では依然として優位にある。

2011〜2023年の間に、宇宙関連の特許ファミリー出願数は6倍に増加(約1,400件→約9,000件/年)し、新興国(インド、韓国、UAE等)からの出願も増加傾向にある。

出典: WIPO — Top Inventor Locations / Lexology — Patents in Orbit

主要出願企業ランキング

全体トップ10(2000〜2023年累計)

WIPOの分析による宇宙輸送技術の特許ファミリー保有数ランキングは以下の通り。

順位企業・機関主な技術分野
1中国科学院(CAS)中国通信・セキュリティ、自動化
2中国航天科技集団(CASC)中国全分野(194件:自動化分野トップ)
3Boeing米国持続可能推進(173件)、自動化(126件)
4三菱電機日本通信・セキュリティ
5中国電子科技集団(CETC)中国通信・セキュリティ
6Airbus欧州持続可能推進(133件)
7Thales Alenia Space欧州衛星システム
8西北工業大学中国自動化(112件)
9Lockheed Martin米国防衛・宇宙システム
10Northrop Grumman米国軌道上サービス

上位10のうち中国勢が4機関を占める。ただし中国機関の特許は国内出願が大半で、国際出願件数ではBoeing、Airbus、三菱電機が上位に入る。

出典: WIPO — Top Patent Owners

民間宇宙企業(New Space)の特許戦略

PatentVestが2026年1月に公表したレポート「The Patent Battlefield」では、1,450以上の打ち上げ関連特許ファミリーを分析し、民間宇宙企業の知財戦略を明らかにしている。

企業特許件数(概算)戦略的特徴
SpaceX202件(84件登録済)Starlinkに集中。打ち上げ技術よりも衛星通信がIP戦略の中核
Blue Origin97件USPTO・WIPO・EPO・中国・ロシア・日本に広く出願。月面・シスルナ市場の先行IP確保
Rocket Lab非公開買収IPへの依存度が高い。Neutron関連の出願増

SpaceXは再使用ロケットの象徴的存在だが、特許ポートフォリオの大半はStarlinkプロジェクト(衛星ブロードバンド)に関連している。特許ファミリー83件のうち、衛星通信・アンテナ・地上局関連が過半を占める。一方、ロケット再着陸技術に関しては積極的に特許を取得しない方針で、2014年にBlue Originの海上着陸特許(US8678321B2)に対してIPR(当事者系レビュー)を請求し、特許を無効化した経緯がある。

Blue Originは97件の特許を世界6か国以上に出願しており、月面水採取装置(2025年8月登録)、レーザー電力伝送(2025年1月登録)、高温熱防護システム(2024年8月登録)など、シスルナ経済圏を見据えた長期的なIP戦略が特徴的。

出典: PatentVest — The Patent Battlefield / GreyB — SpaceX Patents(2026年更新) / Parola Analytics — Blue Origin Patents / SMU ScholarsHub — SpaceX IPR vs Blue Origin

技術分野別の動向

WIPOレポートでは、宇宙輸送技術を4つのトレンドに分類している。

1. 持続可能推進システム(Sustainable Propulsion)

電気推進、グリーン推進剤、ソーラーセイルなどの環境負荷低減型推進技術。Boeingが173件、Airbusが133件と欧米の伝統的航空宇宙メーカーがリード。日本ではJAXAのイオンエンジン技術(はやぶさシリーズ)や、Pale Blueの水蒸気推進が注目される。

2. 自動化・循環型技術(Automation & Circularity)

軌道上での自律運用、デブリ除去、衛星寿命延長、軌道上サービスなど。2000〜2023年のCAGRが**15%**と最も高い成長率を示す分野。CASCが194件でトップ、Boeingが126件。日本ではアストロスケールがデブリ除去関連の特許を積極的に出願している。

3. 通信・セキュリティ(Communication & Security)

衛星通信、光通信、量子暗号通信、宇宙状況認識(SSA)など。中国科学院、CASC、Boeing、三菱電機、CETCが上位。Starlinkの急拡大に伴い、衛星間通信やアンテナ技術の出願が急増している。

4. 宇宙探査・利用(Space Exploration & Utilization)

月面・火星探査、宇宙資源利用(ISRU)、軌道上製造など。Blue Originの月面水採取特許やNASAのISRU技術が代表例。日本ではispaceやGITAIの月面ロボット関連の出願がある。

出典: WIPO — Patenting Activity in Four Technology Trends

日本企業の宇宙特許戦略

三菱電機 — 国際出願で日本トップ

三菱電機はWIPOの2024年企業別国際特許出願件数で世界第7位・日本企業第1位(2023年は世界第4位)を記録。全分野合計での実績だが、防衛・宇宙システム事業本部が衛星通信・地球観測・SSA分野で積極的に出願している。知財戦略として、ソリューション比率30%・AI比率15%以上を目標に掲げる。

IHI — 推進系技術に注力

IHIグループはロケットエンジン(イプシロンSの固体推進系、H3のLE-9ターボポンプ)や航空エンジン技術を中心に知財を蓄積。宇宙戦略基金の採択も受け、次世代推進系の技術開発を加速させている。

宇宙スタートアップの知財動向

企業主な特許分野備考
アストロスケールデブリ除去(RPO)、磁気捕獲2024年東証上場。ESA・JAXA案件で実績
SynspectiveSAR衛星、画像処理2024年12月東証上場
ispace月面着陸、ローバー2023年東証上場。米国でも出願
Pale Blue水蒸気推進システムJAXA宇宙戦略基金採択
インターステラテクノロジズ小型ロケット2025年Series Fで201億円調達
GITAI宇宙ロボティクス米国法人中心に出願

日本の宇宙スタートアップは上場やIPOにより資金力が向上し、国際出願を増やす傾向にある。ただし、中国・米国と比べると出願件数は1桁少なく、戦略的に重要な技術領域での早期出願が今後の課題となる。

出典: 三菱電機 — 知的財産戦略 / IHI — 知的財産 / 三菱電機 — 2023年PCT出願世界第4位

宇宙特許の課題と展望

宇宙空間での特許の適用問題

宇宙空間で実施される発明については、国家の領域外であるため従来の属地主義(特許権は登録国内でのみ有効)が適用しにくい。米国は宇宙法(35 U.S.C. §105)で米国登録の宇宙機上での発明実施を米国内での実施とみなす規定を設けているが、国際的な統一ルールは存在しない。WIPOも宇宙発明の特許保護に関する議論を継続している。

今後の注目ポイント

  • SpaceX IPO(2026年中頃予定): 上場に伴いIP評価が株主価値に直結。Starlinkの通信特許が企業価値の柱に
  • 軌道上製造: 宇宙空間での3Dプリンティング、半導体製造などの出願が急増
  • 月面経済圏: 水資源採取、月面建設、レゴリス利用に関するIP争奪戦が本格化
  • 中国の国際出願拡大: 国内出願中心から海外出願へのシフトが進むかが焦点

出典: WIPO — Patent Expert Issues: Inventions in Space / Foley & Lardner — US Patents for Space Inventions

主な出典

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