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電気推進完全ガイド: ホールスラスター・イオンエンジン・プラズマ推進の仕組み


この記事は「衛星データ活用ガイド」の詳細記事です。

電気推進とは

電気推進(Electric Propulsion: EP)は、電気エネルギーを使って推進剤を加速・噴射する推進方式だ。化学推進(燃料の燃焼反応で推力を得る方式)に比べて推力は小さいが、推進剤の利用効率(比推力)が数倍〜10倍以上高い。

つまり、同じ量の推進剤でより大きな速度変化(ΔV)を得られる。これにより、衛星の寿命延長、コンステレーション展開の効率化、深宇宙探査の実現が可能になる。


主要な電気推進方式

ホールスラスター(Hall Effect Thruster)

最も広く使われている電気推進方式だ。環状のチャンネル内でキセノン(Xe)ガスをプラズマ化し、電場で加速して噴射する。

  • 比推力: 1,200〜1,800秒
  • 推力: 10mN〜数百mN
  • 推進剤: キセノン(主流)、クリプトン(低コスト代替)
  • 採用例: SpaceX Starlink(クリプトン使用のホールスラスター)、Maxar衛星バス

ホールスラスターはStarlink衛星に搭載されていることで知られる。SpaceXは高価なキセノンの代わりにクリプトンを使用することでコストを削減している。

イオンエンジン(Gridded Ion Thruster)

推進剤をイオン化し、静電グリッド(格子電極)で加速する方式。ホールスラスターよりも高い比推力を実現できる。

  • 比推力: 2,500〜3,500秒
  • 推力: 1mN〜数百mN
  • 推進剤: キセノン
  • 採用例: JAXAはやぶさ/はやぶさ2(μ10イオンエンジン)、NASA Dawn探査機(NSTAR)、ESA BepiColombo(T6イオンスラスター)

JAXAのはやぶさシリーズはイオンエンジンの代名詞だ。はやぶさ2は4基のμ10イオンエンジンで小惑星リュウグウへの往復飛行を実現した。

パルスプラズマスラスター(PPT)

テフロン(PTFE)を電気アークで蒸発・プラズマ化し、電磁力で加速する方式。構造が単純で小型・軽量なため、CubeSatなどの小型衛星に適している。

  • 比推力: 500〜1,500秒
  • 推力: μN〜mN級
  • 特徴: シンプルな構造、低コスト、低消費電力
  • 採用例: 小型衛星の姿勢制御・軌道維持

電熱推進(Resistojet / Arcjet)

推進剤を電気加熱して膨張・噴射する方式。比推力は化学推進と電気推進の中間に位置する。ISS の姿勢制御にレジストジェットが使用されている。

VASIMR(Variable Specific Impulse Magnetoplasma Rocket)

Ad Astra Rocket Company(元NASA宇宙飛行士のフランクリン・チャン=ディアス氏が設立)が開発する大出力プラズマ推進。比推力を3,000〜30,000秒の範囲で可変にでき、推力と効率のトレードオフを運用中に調整できる。


電気推進の衛星への応用

コンステレーション展開

数百〜数千機の衛星コンステレーションでは、各衛星が打ち上げ後に自力で運用軌道に移行する必要がある。電気推進により、ライドシェアで投入された軌道から自力で目的の軌道に移動できる。Starlinkの各衛星はホールスラスターを搭載し、軌道上昇と軌道維持を行っている。

静止衛星の全電化

従来の静止衛星はアポジモーター(化学推進)でGTOからGEOに移行していたが、全電気推進衛星はイオンエンジンやホールスラスターでこの軌道遷移を行う。移行に数カ月かかるが、推進剤の大幅な軽量化により衛星重量を半減できる。Boeing 702SP、Eurostar Neo(Airbus)が全電気推進衛星バスの代表例だ。

デオービット(軌道離脱)

運用終了した衛星を軌道から離脱させる際にも電気推進が活用される。大気圏再突入までの時間を短縮し、デブリ問題への対応に貢献する。


深宇宙探査での活用

はやぶさシリーズ(JAXA)

はやぶさ/はやぶさ2のイオンエンジンは、深宇宙探査における電気推進の代表的成功例だ。低推力を長時間噴射することで、化学推進では不可能な効率的な軌道遷移を実現した。

Dawn(NASA)

小惑星ベスタと準惑星ケレスを連続して周回した探査機。イオンエンジンNSTARにより、1回のミッションで2つの天体を周回するという前例のない探査を実現した。

BepiColombo(ESA/JAXA)

水星探査機BepiColomboは、大出力イオンエンジン(T6)を4基搭載し、太陽に向かう複雑な軌道で水星を目指している。


次世代電気推進技術

大出力ホールスラスター

NASAの次世代電気推進プログラムでは、50kW級以上の大出力ホールスラスターの開発が進んでいる。月・火星への大型貨物輸送に使用するSEP(Solar Electric Propulsion)の基盤技術だ。

水推進

水を推進剤とする電気推進の研究が進んでいる。キセノンに比べて安価で入手しやすく、将来的には月面で採掘した水を推進剤に使える可能性がある。


まとめ

電気推進は、高い推進剤効率により衛星の長寿命化・軽量化・運用の柔軟性を実現する技術だ。Starlinkのホールスラスター、はやぶさのイオンエンジンに代表されるように、すでに実用技術として広く普及している。大出力化と新推進剤の開発により、月・火星への大型輸送にも電気推進が活用される時代が近づいている。


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