この記事は「宇宙の不思議 完全ガイド」の詳細記事です。
ロケットはなぜ秒速7.9kmで飛ぶのか
宇宙に行くためには「速く飛ぶ」のではなく「落ち続けても地面にぶつからない速度」が必要だ。地球は丸いので、十分な速度で水平に飛べば、落下し続けても地表のカーブが先に逃げていく。この「ちょうど落下と地球の曲率が釣り合う速度」が第1宇宙速度であり、秒速約7.9kmだ。
本記事では、軌道力学の基本公式を実際の数字で計算していく。電卓(スマートフォンの計算機でも可)があれば、読みながら自分で確認できる。記事の後半にはJavaScriptの計算ツールも用意した。
第1宇宙速度の計算 — 地球周回に必要な速度
公式
地球の表面すれすれを周回する速度(第1宇宙速度)は、重力と遠心力がつり合う条件から導かれる。
v = √(GM/r)
ここで:
- G = 6.674 × 10⁻¹¹ m³/(kg・s²)(万有引力定数)
- M = 5.972 × 10²⁴ kg(地球の質量)
- r = 6.371 × 10⁶ m(地球の半径)
計算してみよう
まず分子のGMを求める。
GM = 6.674 × 10⁻¹¹ × 5.972 × 10²⁴ = 3.986 × 10¹⁴ m³/s²
次に r で割る。
GM/r = 3.986 × 10¹⁴ ÷ 6.371 × 10⁶ = 6.256 × 10⁷ m²/s²
最後に平方根を取る。
v = √(6.256 × 10⁷) ≈ 7,910 m/s ≈ 7.9 km/s
時速に換算すると約28,500 km/h。東京から大阪まで約1.2秒、地球1周が約90分だ。
ISS(国際宇宙ステーション)の軌道速度
ISSは高度約400kmを周回している。地球半径に400kmを足す。
r = 6,371 + 400 = 6,771 km = 6.771 × 10⁶ m
v = √(3.986 × 10¹⁴ ÷ 6.771 × 10⁶) = √(5.887 × 10⁷) ≈ 7,673 m/s ≈ 7.7 km/s
高度が上がると軌道速度はわずかに遅くなる。「より高く飛ぶほど速い」わけではない点が直感と異なる。
第2宇宙速度(脱出速度) — 地球の重力圏を離れる速度
公式
地球の重力を完全に振り切って無限遠まで飛んでいくために必要な速度が第2宇宙速度(脱出速度)だ。
v_escape = √(2GM/r) = √2 × v_orbital
計算
v_escape = √2 × 7,910 ≈ 1.414 × 7,910 ≈ 11,186 m/s ≈ 11.2 km/s
第1宇宙速度の約1.41倍(√2倍)で地球を脱出できる。アポロ計画の月飛行では、この速度に近い約10.8 km/sで地球を離れた(月までなら完全脱出は不要なので、やや遅い)。
各天体の脱出速度
| 天体 | 表面重力(地球=1) | 脱出速度 |
|---|---|---|
| 月 | 0.17 | 2.4 km/s |
| 火星 | 0.38 | 5.0 km/s |
| 地球 | 1.00 | 11.2 km/s |
| 木星 | 2.53 | 59.5 km/s |
| 太陽 | 28.0 | 617.5 km/s |
木星の脱出速度が地球の5倍以上あることが、木星の巨大な重力場を利用した重力アシストが有効な理由だ。
ホーマン遷移軌道 — 最小エネルギーで目的地に到達する方法
ホーマン遷移とは
2つの円軌道の間を最小限の燃料で移動する方法がホーマン遷移軌道だ。1925年にドイツのヴァルター・ホーマンが提唱した。
原理はシンプルで、2回のエンジン噴射だけで軌道を変える。
- 第1噴射(ΔV₁): 出発軌道で加速し、楕円遷移軌道に乗る
- 第2噴射(ΔV₂): 楕円軌道の遠地点で加速し、目標軌道に乗る
ΔV の計算公式
出発軌道の半径を r₁、目標軌道の半径を r₂ とすると、
ΔV₁ = √(GM/r₁) × (√(2r₂/(r₁+r₂)) - 1)
ΔV₂ = √(GM/r₂) × (1 - √(2r₁/(r₁+r₂)))
合計ΔV = ΔV₁ + ΔV₂
計算例1: LEO → 月遷移軌道
LEO(低軌道、高度400km)から月(距離384,400km)への遷移を計算する。
- r₁ = 6,771 km(地球半径 + 400km)
- r₂ = 384,400 km(月までの距離)
- GM = 3.986 × 10⁵ km³/s²
まず中間値を計算する。
2r₂/(r₁+r₂) = 2 × 384,400 / (6,771 + 384,400) = 768,800 / 391,171 = 1.9654
√(1.9654) = 1.4019
ΔV₁ = √(3.986 × 10⁵ / 6,771) × (1.4019 - 1) = 7.673 × 0.4019 = 3.084 km/s
月周回軌道投入のΔV₂は約0.8 km/s。
合計ΔV ≈ 3.1 + 0.8 = 約3.9 km/s
つまり、ISSの軌道からさらに秒速3.9kmの速度変更を加えれば、月周回軌道に到達できる。
計算例2: 地球 → 火星
- r₁ = 1.496 × 10⁸ km(地球の太陽からの距離、1AU)
- r₂ = 2.279 × 10⁸ km(火星の太陽からの距離、1.524AU)
- GM_太陽 = 1.327 × 10¹¹ km³/s²
地球軌道からの出発ΔV₁ ≈ 2.94 km/s(太陽中心座標系)
火星軌道到着ΔV₂ ≈ 2.65 km/s
ただし、地球・火星の重力場からの脱出/捕捉を考慮した実効ΔVは、地球出発時に約3.6 km/s、火星到着時に約2.1 km/sとなる(オーバーシンプリフィケーションに注意)。
遷移時間: ホーマン遷移軌道での地球→火星の飛行時間は約259日(約8.5カ月)。
重力アシスト — 惑星の引力で「タダで」加速する
原理
重力アシスト(スイングバイ)は、惑星の重力場を利用して宇宙機の速度を変える技術だ。宇宙機が惑星に接近すると、惑星の重力に引かれて加速し、離れるときに同じだけ減速する。これだけなら速度変化はゼロに見える。
しかし、惑星自体が太陽の周りを公転している。惑星の「後ろ側」を通過すれば、惑星の公転運動のエネルギーの一部を宇宙機が「もらう」ことができる。太陽から見た速度が増加するのだ。
逆に惑星の「前側」を通過すれば減速する。これを利用して太陽方向へ向かう探査機もある。
ボイジャーの軌道 — 重力アシストの傑作
ボイジャー2号は1977年の打ち上げ後、4つの惑星で重力アシストを行い、太陽系外に向かった。
| 惑星 | フライバイ日 | 速度変化(太陽系基準) |
|---|---|---|
| 木星 | 1979年7月 | +約10 km/s |
| 土星 | 1981年8月 | +約5 km/s |
| 天王星 | 1986年1月 | +約2 km/s |
| 海王星 | 1989年8月 | 方向転換(南方へ) |
木星の重力アシストだけで約10 km/sもの加速を得ている。これはロケット推進で同等の加速を得るために必要な燃料の質量を考えると、まさに「タダで」もらったエネルギーだ。
重力アシストなしでは、ボイジャーが海王星に到達するのに必要な打ち上げエネルギーは、実際の数十倍以上になっていた。あるいは、そもそも1970年代の技術では不可能だった。
重力アシストの速度増加の目安
重力アシストで得られる最大速度変化は、おおむねフライバイ天体の公転速度の2倍が上限となる。
| 天体 | 公転速度 | 最大ΔV(理論上限) |
|---|---|---|
| 金星 | 35.0 km/s | 約70 km/s |
| 地球 | 29.8 km/s | 約60 km/s |
| 木星 | 13.1 km/s | 約26 km/s |
| 土星 | 9.7 km/s | 約19 km/s |
実際にはフライバイの角度や最接近距離により、理論上限の一部しか得られない。しかし、木星1回のフライバイで10 km/sの加速は十分に実現可能な値だ。
より詳しい重力アシストの仕組みは重力アシスト航法の解説で扱っている。
軌道遷移ΔV計算ツール
以下のツールで、任意の2つの軌道間のホーマン遷移に必要なΔVを計算できる。
軌道遷移ΔV計算ツール
地球を中心とした2つの円軌道間のホーマン遷移に必要なΔVと遷移時間を計算します。
計算ツールの使い方
- 出発軌道高度: ロケットの出発地点の高度(km)を入力。ISSなら400km
- 目標軌道高度: 到達したい軌道の高度(km)を入力。静止軌道なら35,786km、月なら384,400km
- 比推力(Isp): ロケットエンジンの効率を示す値。Falcon 9のMerlin 1Dなら311秒、Starship Raptorなら350秒
- 「計算する」を押すと、必要なΔV、遷移時間、推進剤の質量割合が表示される
ツィオルコフスキーの公式 — ロケットの基本方程式
計算ツールで表示される「質量比」と「推進剤割合」は、ロケット工学の父コンスタンチン・ツィオルコフスキーの公式に基づいている。
Δv = Isp × g₀ × ln(m₀/m₁)
ここで:
- Isp = 比推力(秒)。エンジンの燃費を表す
- g₀ = 9.81 m/s²(標準重力加速度)
- m₀ = 初期質量(推進剤込み)
- m₁ = 最終質量(推進剤燃焼後)
- ln = 自然対数
この式を変形すると、必要な質量比が求まる。
m₀/m₁ = e^(Δv / (Isp × g₀))
例えば、ΔV = 3.9 km/s(LEO→月)、Isp = 311秒(Merlin 1D)の場合、
m₀/m₁ = e^(3.9 / (311 × 0.00981)) = e^(3.9 / 3.051) = e^1.278 ≈ 3.59
つまり、月に行くには打ち上げ時の質量の約72%が推進剤でなければならない。ロケットの大部分が燃料であることの根本的な理由がここにある。
SpaceXのStarshipで火星に行くのに必要なΔV
Starshipの火星ミッションプロファイルを、本記事の公式で検証してみよう。
ミッション全体のΔVバジェット
| フェーズ | ΔV | 備考 |
|---|---|---|
| 地球LEO投入 | 9.4 km/s | 大気抵抗・重力損失込み |
| LEO→火星遷移軌道(TMI) | 3.6 km/s | ホーマン遷移+地球脱出 |
| 火星大気圏突入・減速 | 0 km/s(エアロブレーキ) | 大気で減速、推進剤不要 |
| 火星着陸(最終降下) | 約1.0 km/s | 逆噴射 |
| 合計(地表→火星着陸) | 約14.0 km/s |
Starshipのスペック
- Raptor エンジン Isp: 約350秒(真空)
- Starship(Ship部分)乾燥質量: 約100トン
- Starship 推進剤搭載量: 約1,200トン
- ペイロード(火星向け): 約100トン以上
ツィオルコフスキーの公式で検証する。
m₀ = 100(乾燥)+ 1,200(推進剤)+ 100(ペイロード)= 1,400トン m₁ = 100 + 100 = 200トン
Δv = 350 × 0.00981 × ln(1,400/200) = 3.434 × ln(7) = 3.434 × 1.946 = 6.68 km/s
Starship単体では6.68 km/sのΔVしか出せないが、地球LEO投入(9.4 km/s)はSuper Heavyブースターが担当する。LEOからの遷移ΔV(3.6 km/s)はStarshipのΔV能力(6.68 km/s)の範囲内だ。
ただし、火星着陸分(1.0 km/s)を含めると合計4.6 km/sが必要となり、余裕は2.08 km/s。このためSpaceXはLEOでの軌道上燃料補給(Orbital Refueling)を行い、満タンのStarshipで火星に向かう計画だ。燃料満タン状態のΔVは上記の6.68 km/sとなり、十分なマージンが確保される。
よくある質問(FAQ)
Q. 第1宇宙速度と第2宇宙速度の違いは何ですか?
第1宇宙速度(約7.9 km/s)は地球の周りを回り続けるための最低速度。第2宇宙速度(約11.2 km/s)は地球の重力圏を完全に脱出するための速度だ。第2宇宙速度は第1宇宙速度のちょうど√2倍(約1.41倍)になる。
Q. ホーマン遷移軌道は実際のミッションで使われていますか?
多くの静止衛星の軌道投入で使われている。LEOから静止トランスファー軌道(GTO)への遷移はホーマン遷移の応用だ。ただし惑星間ミッションでは、打ち上げウィンドウや到着時期の制約により、純粋なホーマン遷移ではなく修正した軌道を使うことが多い。
Q. 重力アシストで宇宙船が加速しても、惑星は減速しないのですか?
厳密には惑星もごくわずかに減速する。しかし惑星の質量は宇宙機の質量の10²⁰倍以上あるため、その影響は測定不可能なほど小さい。例えばボイジャー1号の木星フライバイで、木星の公転速度は10⁻²⁴ m/s程度しか変化していない。
Q. ΔVが大きいとなぜ問題なのですか?
ΔVが大きいほど、ツィオルコフスキーの公式により必要な推進剤の割合が指数関数的に増加する。例えばΔV = 10 km/sでIsp = 311秒の場合、質量比は約26倍。ロケットの96%が推進剤になり、残り4%でペイロードと構造体を賄わなければならない。これがロケットの設計を極めて困難にしている根本的な理由だ。
Q. この計算ツールの精度はどの程度ですか?
本ツールはホーマン遷移の理論値を計算しており、大気抵抗、重力損失、J2摂動(地球の扁平率による影響)、月や太陽の重力などは考慮していない。実際のミッションではこれらの補正により、計算値より5〜20%多くのΔVが必要になることが一般的だ。あくまで軌道力学の基本原理を体験するためのツールとして使っていただきたい。
まとめ
軌道力学の基本は3つの公式に集約される。
- 軌道速度: v = √(GM/r) → 「高度が決まれば速度が決まる」
- 脱出速度: v_escape = √2 × v_orbital → 「軌道速度の1.41倍で脱出」
- ツィオルコフスキーの公式: Δv = Isp × g₀ × ln(m₀/m₁) → 「ΔVが大きいほど燃料が指数関数的に増える」
これらの公式は1920年代には既に知られていたが、100年経った現在でもロケット工学の根幹であり続けている。SpaceXのStarshipも、この基本公式から逃れることはできない。
ロケットの大部分が燃料である理由、重力アシストが不可欠な理由、そして宇宙旅行のコストが高い根本的な理由は、すべてこの物理法則に由来する。宇宙がいかに「遠い」場所であるかを、数式を通じて実感していただければ幸いだ。
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