はじめに — 宇宙への手紙
1977年に打ち上げられたボイジャー1号と2号には、金色のレコードが搭載されている。正式名称は「ボイジャーのゴールデンレコード」。地球の生命と文化の多様性を異星人に伝えるためのメッセージだ。
天文学者カール・セーガンが委員長を務めたチームが内容を選定。人類の存在証明として、探査機とともに宇宙を永遠に旅し続ける。
ゴールデンレコードの物理的仕様
- 素材: 金メッキされた銅製レコード
- 直径: 30cm(12インチ)
- 再生時間: 約90分(音声)+ 115枚の画像データ
- 耐久性: 10億年以上(宇宙空間の環境下)
- カバー: アルミニウム製。再生方法の図解と地球の位置情報が刻まれている
カバーには、レコードの回転速度(3.6秒/回転)、映像信号のデコード方法、そして14個のパルサーの位置から地球の座標を特定できる図が刻まれている。
収録された音楽 — 27曲
ゴールデンレコードには、地球の音楽文化を代表する27曲が収録されている。
クラシック音楽
- J.S.バッハ「ブランデンブルク協奏曲第2番 第1楽章」
- ベートーヴェン「交響曲第5番 第1楽章」
- ベートーヴェン「弦楽四重奏曲第13番 カヴァティーナ」
- モーツァルト「魔笛」より「夜の女王のアリア」
- ストラヴィンスキー「春の祭典」
民族音楽・伝統音楽
- 日本: 尺八曲「鶴の巣籠」(山口五郎演奏)
- インドネシア: ガムラン音楽
- ジョージア: 合唱曲「チャクルロ」
- ペルー: パンパイプの音楽
- ブルガリア: 民謡「イズレル・エ・デリョ・ハイドゥティン」
- メキシコ: 「エル・カスカベル」
- インド: ラーガ「ジャート・カハン・ホ」
ポピュラー音楽
- チャック・ベリー「ジョニー・B・グッド」
- ルイ・アームストロング「メランコリー・ブルース」
- ブラインド・ウィリー・ジョンソン「ダーク・ワズ・ザ・ナイト」
音楽の選定は困難を極めた。著作権の問題でビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」は収録を断念。セーガンは「宇宙人にビートルズを聴かせたかった」と残念がったという。
55言語の挨拶
地球の55の言語で録音された挨拶メッセージが収録されている。
- 日本語: 「こんにちは。お元気ですか」
- 英語: “Hello from the children of planet Earth”
- 中国語(北京語): 各界の友人たちよ、お元気ですか
- アラビア語: 「この惑星の人々から挨拶を送ります」
- スワヒリ語、ヒンディー語、フランス語、ロシア語など
最も古い言語としてシュメール語(紀元前3000年頃の言語)、最も新しい言語として人工言語エスペラントも含まれている。
115枚の画像
アナログ方式で符号化された115枚の画像データが収録されている。
科学的情報
- 太陽系の概念図
- 太陽のスペクトル
- 数学的定義(円、三角形)
- DNA構造の図
- 人体の解剖図
- 受精と胎児の成長
地球の姿
- 地球の全景
- 大陸と海の写真
- 砂漠、森林、山脈、海岸の風景
- 都市の夜景
人間の生活
- 食事をする家族
- スーパーマーケット
- 空港と飛行機
- 学校と教室
- オリンピック選手
初期の案にはヌード写真も含まれていたが、NASAの判断で除外された。
自然の音
地球の自然環境を伝える音も収録されている:
- 波の音、風、雷
- 鳥のさえずり(多種)
- クジラの歌
- 象、犬、チンパンジーの鳴き声
- 人間の心拍音
- 赤ちゃんの泣き声と笑い声
- 足音、自動車のエンジン音
さらに、脳波データも含まれている。瞑想中のアン・ドルーヤン(後のセーガンの妻)の脳波を1時間記録し、思考パターンをデータとして刻んだ。
ボイジャー探査機の現在
ボイジャー1号
2026年現在、地球から約165天文単位(約247億km)の距離にある。2012年に太陽圏を脱出し、星間空間を飛行中だ。光速でも通信に約22時間かかる。
ボイジャー2号
約139天文単位(約208億km)の距離にある。2018年に太陽圏を脱出。天王星と海王星を近接観測した唯一の探査機だ。
残された時間
電力源のRTG(放射性同位体熱電気転換器)は年々出力が低下している。NASAは科学機器を順次停止しながら、2030年代半ばまで最低限の通信維持を目標としている。
通信が途絶えた後も、ボイジャーは慣性で飛行を続ける。ゴールデンレコードは10億年以上の耐久性を持つため、人類文明の記録として宇宙を旅し続ける。
カール・セーガンの遺した言葉
ボイジャー1号が60億km彼方から撮影した地球の写真「ペイル・ブルー・ドット」について、セーガンは次のように述べた:
「あの点を見てほしい。あれがここだ。あれが我々の故郷だ。我々の喜び、苦しみ。何千もの宗教、イデオロギー、経済理論。すべてのハンター、すべての英雄と臆病者、文明の創造者と破壊者が、あの太陽光に照らされた塵の粒の上で生きた」
ゴールデンレコードは、この小さな惑星に生きた知的生命からの、宇宙への問いかけだ。
まとめ
ゴールデンレコードは、人類が宇宙に送った最も遠くまで届くメッセージだ。バッハと尺八、赤ちゃんの泣き声とクジラの歌。地球の多様性を1枚のレコードに凝縮した試みは、セーガンの「我々は宇宙で孤独ではないかもしれない」という希望の表現だった。たとえ誰にも届かなくても、ゴールデンレコードは人類が何者であったかを宇宙に刻み続ける。
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