Artemis II クルーが切り開く新時代
Artemis II は、NASAが主導するArtemis計画の第2弾ミッションであり、アポロ17号(1972年)以来53年ぶりとなる有人月周回飛行だ。このミッションには4名の宇宙飛行士が選ばれており、それぞれが宇宙探査史に新たな「初」を刻むことになる。
深宇宙に到達する初の女性、初の有色人種、そして初の米国外の宇宙飛行士 --- Artemis IIのクルー構成は、宇宙探査の多様性を象徴するものとなっている。
ここでは4名それぞれの経歴、ミッションでの役割、そしてArtemis IIに至るまでの訓練について詳しく紹介する。
クルー一覧
| 役割 | 名前 | 所属 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| コマンダー | Reid Wiseman(リード・ワイズマン) | NASA | 海軍テストパイロット出身、ISS長期滞在経験 |
| パイロット | Victor Glover(ビクター・グローバー) | NASA | 深宇宙に到達する初の有色人種 |
| ミッションスペシャリスト1 | Christina Koch(クリスティーナ・コック) | NASA | 深宇宙に到達する初の女性、ISS連続滞在328日 |
| ミッションスペシャリスト2 | Jeremy Hansen(ジェレミー・ハンセン) | CSA | 月近傍に到達する初の米国外の宇宙飛行士 |
Reid Wiseman(リード・ワイズマン) --- コマンダー
経歴
リード・ワイズマンは1975年生まれ、メリーランド州ボルチモア出身。米国海軍のテストパイロットとして豊富な飛行経験を持つ。ジョンズ・ホプキンス大学で航空宇宙工学の修士号を取得し、海軍ではF/A-18スーパーホーネットのパイロットとして活躍した。
2009年にNASAの宇宙飛行士候補に選抜され、2014年にはソユーズ宇宙船でISSに到着。Expedition 40/41のフライトエンジニアとして約165日間の長期滞在を経験した。ISS滞在中はロボットアーム操作や船外活動のサポートなど、幅広い任務をこなしている。
2022年11月にはNASAの宇宙飛行士室長(Chief Astronaut)に就任し、宇宙飛行士の訓練・選抜を統括する立場となった。Artemis IIのコマンダー指名後は室長職を離れ、ミッション準備に専念している。
Artemis IIでの役割
コマンダーとして、ミッション全体の指揮を執る。打ち上げから帰還まで、クルーの安全と任務遂行の最終責任を負う。特にOrion宇宙船の手動操縦テストでは、テストパイロットとしての経験が直接活かされる。
Victor Glover(ビクター・グローバー) --- パイロット
経歴
ビクター・グローバーは1976年生まれ、カリフォルニア州ポモナ出身。米国海軍のテストパイロットであり、F/A-18の戦闘飛行経験も持つ。空軍工科大学で飛行試験工学の修士号を取得している。
2013年にNASAの宇宙飛行士候補に選抜。2020年11月にはSpaceX Crew-1ミッションでISS Expedition 64のクルーとして約168日間滞在した。これはSpaceX Crew Dragonの初の運用ミッション(Demo-2に続く正式運用1号機)であり、グローバーはISS長期滞在を行った初のアフリカ系アメリカ人宇宙飛行士となった。ISS滞在中には4回の船外活動(EVA)を実施し、合計約26時間の宇宙遊泳を経験している。
Artemis IIでは、深宇宙に到達する初の有色人種という歴史的な記録を打ち立てることになる。
Artemis IIでの役割
パイロットとして、Orion宇宙船の操縦を担当する。特にSLS上段からの分離後のOrion操作、月接近時の軌道修正、地球帰還時の姿勢制御など、ミッション全体を通じて宇宙船の飛行管理を行う。
Christina Koch(クリスティーナ・コック) --- ミッションスペシャリスト1
経歴
クリスティーナ・コックは1979年生まれ、ミシガン州グランドラピッズ出身。ノースカロライナ州立大学で電気工学の理学士号と物理学の修士号を取得した。NASA入局前は、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所で宇宙機器の開発に携わり、南極のアムンゼン・スコット基地やパーマー基地で観測機器のエンジニアとしても勤務した経験を持つ。
2013年にNASAの宇宙飛行士候補に選抜され、2019年3月にISS Expedition 59/60/61のフライトエンジニアとしてISSに到着。ISS連続滞在328日という女性の世界記録を樹立した(当時の男女含む記録はスコット・ケリーの340日)。また2019年10月には、ジェシカ・メイアとともに史上初の「女性だけの船外活動」を実施したことでも知られる。
Artemis IIでの役割
ミッションスペシャリスト1として、Orion宇宙船の各種システム監視と科学実験の管理を担当する。深宇宙に到達する初の女性となり、長期宇宙滞在の経験を活かして、クルーの健康管理や生命維持装置の運用でも中心的な役割を果たす。
Jeremy Hansen(ジェレミー・ハンセン) --- ミッションスペシャリスト2
経歴
ジェレミー・ハンセンは1976年生まれ、カナダ・オンタリオ州ロンドン出身。カナダ空軍の戦闘機パイロットとしてCF-18ホーネットを操縦し、NATOの訓練ミッションにも参加した経験を持つ。王立軍事大学で物理学の理学士号を取得している。
2009年にカナダ宇宙庁(CSA)の宇宙飛行士に選抜された。Artemis IIが初の宇宙飛行となるが、選抜後は10年以上にわたりNASAと共同で訓練を受け続けてきた。NASAの宇宙飛行士訓練課程であるASCAN(Astronaut Candidate Training)を修了し、T-38ジェット練習機での飛行訓練、ロボットアーム操作、船外活動訓練など、幅広い宇宙飛行士スキルを習得している。
カナダはArtemis計画においてCanadarm3(次世代ロボットアーム)の開発・提供を担っており、その国際協力の一環としてハンセン飛行士の搭乗枠が確保された。
Artemis IIでの役割
ミッションスペシャリスト2として、Orionのシステム管理や通信機器の運用を担当する。月近傍に到達する初の米国外の宇宙飛行士として、Artemis計画の国際協力を体現する存在だ。
Artemis II クルーの訓練
4名のクルーは2023年の発表以来、段階的に訓練を進めてきた。主な訓練内容は以下のとおり。
| 訓練項目 | 内容 | 場所 |
|---|---|---|
| Orionシミュレーター | 打ち上げ・再突入・緊急事態対応の模擬訓練 | ジョンソン宇宙センター(ヒューストン) |
| 水中脱出訓練 | 着水後のOrionカプセルからの脱出手順 | ケネディ宇宙センター |
| 荒野サバイバル | 不時着時の生存技術訓練 | カナダ山岳地帯 |
| 地質学フィールドワーク | 月面地質の理解(将来のArtemis IIIに備えて) | アリゾナ州 |
| T-38ジェット飛行 | チームワークと意思決定の強化 | エリントン空港 |
| 統合テスト | SLS・Orionの実機を使った最終確認 | ケネディ宇宙センター |
特にOrionシミュレーターでの訓練では、エンジン故障、通信途絶、キャビン減圧といった緊急事態への対応を数百回にわたって繰り返し実施している。Artemis IIは深宇宙という地球低軌道よりもはるかに過酷な環境でのミッションであり、ISSミッションとは異なるレベルの対応力が求められる。
ミッション概要 --- 10日間の月周回飛行
Artemis IIは、SLS Block 1ロケットでOrion宇宙船を打ち上げ、月を周回して地球に帰還する約10日間のミッションだ。月面への着陸は行わないが、Orion宇宙船の有人飛行での性能検証という極めて重要な目的を持つ。
自由帰還軌道(Free-Return Trajectory)を採用しており、月の重力を利用して自然に地球へ帰還できる設計だ。アポロ13号でも使われた軌道であり、推進系にトラブルが発生しても帰還可能な安全性の高い軌道設計となっている。
ミッションの詳細なタイムラインについては、Artemis II ミッションタイムラインで時系列に沿って解説している。また、SLSロケットやOrion宇宙船の技術仕様はArtemis II完全ガイドを参照してほしい。
月・火星探査の全体像については月・火星探査ガイドにまとめている。
よくある質問(FAQ)
Q. Artemis IIのクルーは何名で、どの国の宇宙飛行士ですか?
4名のクルーで構成されています。NASAから3名(リード・ワイズマン船長、ビクター・グローバー操縦士、クリスティーナ・コック)、カナダ宇宙庁(CSA)から1名(ジェレミー・ハンセン)です。カナダ人として初の深宇宙ミッション参加となります。
Q. Artemis IIのクルーはどのような訓練を受けていますか?
クルーはNASAジョンソン宇宙センターで2年以上にわたる集中訓練を受けています。Orion宇宙船のシミュレーター訓練、緊急事態対応、深宇宙環境での生命維持システム操作、地上の管制チームとの通信訓練などを行っています。
Q. クリスティーナ・コック飛行士が注目される理由は何ですか?
クリスティーナ・コックは女性として初の深宇宙飛行に挑みます。また、ISS滞在で女性単独の宇宙滞在最長記録(328日間)を保持しており、初の女性のみのEVA(船外活動)にも参加した実績があります。
まとめ
Artemis IIの4名のクルーは、それぞれが異なるバックグラウンドと専門性を持ちながら、53年ぶりの有人月周回飛行という共通の目標に向かっている。テストパイロット、ISS長期滞在経験者、南極観測エンジニア、戦闘機パイロット --- 多様な経歴を持つこのクルーが、人類の月への回帰の第一歩を担う。
参考としたサイト:
- NASA Artemis II Mission Overview
- Artemis II Crew - NASA
- Canadian Space Agency - Jeremy Hansen
- Artemis II - Wikipedia