テレビの砂嵐(ホワイトノイズ)の約1%は、138億年前のビッグバンの残光だ。この「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」は、宇宙の始まりを直接観測できる最古の光であり、現代宇宙論の基盤となっている。
CMBとは
宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)は、宇宙誕生から約38万年後に解放された光子(光の粒子)が、138億年の宇宙膨張を経て冷却され、マイクロ波領域にまで波長が伸びたものだ。
なぜ38万年後なのか
ビッグバン直後の宇宙は超高温・超高密度のプラズマ状態にあり、光子は電子に頻繁に散乱されて直進できなかった。宇宙が膨張して約3,000K(約2,700℃)まで冷えると、電子が原子核に捕らえられて中性原子が形成される(「宇宙の晴れ上がり」)。この瞬間、光子は自由に飛べるようになり、それが現在CMBとして観測されている。
現在の温度
CMBの現在の温度は約2.725K(マイナス270.425℃)。宇宙のどの方向を向いても、この温度はほぼ均一だ。ただし、10万分の1程度のわずかな温度ゆらぎが存在し、これが後の銀河や銀河団の形成の「種」となった。
発見の歴史
1965年:偶然の発見
ベル研究所のアーノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンが、通信衛星用アンテナのノイズを取り除こうとした際、どの方向からも一定の微弱なマイクロ波信号を検出した。鳩の糞を疑って清掃したが信号は消えなかった。プリンストン大学のロバート・ディッケらの理論と照合した結果、これがビッグバンの残光であることが判明した。この発見で1978年のノーベル物理学賞を受賞。
1992年:COBEの温度ゆらぎ検出
NASAのCOBE衛星が、CMBの10万分の1レベルの温度ゆらぎを初めて検出した。ジョージ・スムートとジョン・マザーが2006年のノーベル物理学賞を受賞。
2003年:WMAPによる精密測定
NASAのWMAP衛星が全天のCMBマップを作成し、宇宙の年齢(137億年)、平坦な幾何学、ダークマターとダークエネルギーの割合を精密に決定した。
2013年:Planckの究極の精度
ESAのPlanck衛星がさらに高精度のCMB全天マップを作成。宇宙の年齢を138.0億年、ハッブル定数を67.4km/s/Mpcと決定した。
CMBが明らかにしたこと
宇宙の年齢
CMBのゆらぎパターンの解析から、宇宙の年齢は138.0±0.2億年と精密に決定された。
宇宙の幾何学
CMBのゆらぎの角度スケールから、宇宙は空間的にほぼ「平坦」(ユークリッド幾何学が成立する)であることが確認された。
宇宙の組成
CMBの観測は、宇宙が普通の物質5%、ダークマター27%、ダークエネルギー68%で構成されていることを示した。
インフレーション理論の支持
CMBのゆらぎのパターン(スケール不変に近いスペクトル)は、宇宙初期の急激な膨張「インフレーション」理論の予測と一致している。
現在進行中の研究
Bモード偏光の探索
CMBの光はわずかに偏光(光の振動方向の偏り)している。このうち「Bモード」と呼ばれる渦状の偏光パターンは、インフレーション時に発生した原始重力波の直接的な証拠となる。検出に成功すれば、ノーベル賞級の発見だ。
LiteBIRD計画
JAXAは2030年代前半の打ち上げを目指す衛星「LiteBIRD(Lite satellite for the study of B-mode polarization and Inflation from cosmic background Radiation Detection)」を開発中だ。全天のCMB偏光を観測し、原始重力波の痕跡であるBモード偏光の検出に挑む。
地上観測
チリのアタカマ砂漠やアメリカの南極点基地に設置された観測装置(Simons Observatory、SPT-3Gなど)が、CMB偏光の高精度観測を進めている。
70億年前の宇宙温度
2025年、慶應義塾大学の研究グループが約70億年前の宇宙の温度を遠方の銀河のCMBとの相互作用から測定し、ビッグバン理論の予測と完全に一致することを確認した。
まとめ
CMBは「宇宙の赤ちゃん写真」とも呼ばれる。138億年前の宇宙がどのような状態だったのかを、現在も直接観測できる唯一の手がかりだ。LiteBIRDによるBモード偏光の探索は、宇宙の始まりの瞬間——インフレーション——を検証する人類史上最も野心的な試みとなる。