宇宙の距離を測る難しさ
夜空に輝く星は、近いものでも4光年以上離れている。遠い銀河になると数十億光年の彼方だ。当然ながら、巻尺やレーザー距離計で測ることはできない。
では天文学者はどうやって宇宙の距離を知るのか。答えは「宇宙の距離はしご(コスミック・ディスタンス・ラダー)」と呼ばれる、複数の測定方法を段階的に積み重ねるアプローチだ。
近い天体から順に距離を確定し、その結果を次の段階の「ものさし」の較正に使う。はしごの段を一つずつ上っていくように、測定可能な範囲を宇宙の果てまで広げていく。
距離の単位 — 光年とパーセク
光年(ly: light-year)
光が1年間に進む距離。約9.46兆km(9.46×10¹²km)。
一般向けの宇宙の解説でよく使われる単位で、直感的にわかりやすい。「4.24光年」と言えば、光の速さで4年3か月かかる距離だとイメージできる。
パーセク(pc: parsec)
年周視差が1秒角(1/3600度)となる距離。約3.26光年、約3.09×10¹³kmに相当する。
天文学の論文では光年よりパーセクが使われることが多い。年周視差から直接計算できるため、測定との相性が良い。
キロパーセク(kpc)= 1,000パーセク、メガパーセク(Mpc)= 100万パーセクも頻繁に使われる。
天文単位(AU: Astronomical Unit)
地球から太陽までの平均距離。約1.496億km。太陽系内の距離を表すのに使う。1光年は約63,241AU。
第1段:年周視差法(〜数百光年)
原理
地球は太陽の周りを公転しているため、同じ星を半年間隔で観測すると、近い星ほど背景の遠い星に対して見かけの位置がずれて見える。この「ずれ」を年周視差という。
指を目の前に立て、左目と右目を交互に閉じると指が左右に動いて見えるのと同じ原理だ。
計算
距離(パーセク)= 1 / 年周視差(秒角)
たとえば、最も近い恒星プロキシマ・ケンタウリの年周視差は0.7687秒角なので、距離は1÷0.7687=約1.30パーセク(約4.24光年)となる。
精度と限界
地上の望遠鏡では、大気の揺らぎにより年周視差の測定限界は約0.01秒角(約100パーセク=約326光年)だ。
ESAの位置天文衛星ヒッパルコス(1989〜1993年)は約0.001秒角(約1,000パーセク)まで精度を向上させた。後継のガイア衛星(2013年打ち上げ)はさらに劇的に精度を高め、約0.00001秒角まで測定可能にした。ガイアは約20億個の恒星の距離を測定し、天の川銀河の立体地図を作成している。
第2段:セファイド変光星(〜数千万光年)
原理
セファイド変光星は、一定の周期で明るさが変動する恒星だ。1912年にハーバード天文台のヘンリエッタ・リービットが発見した重要な法則がある。
周期-光度関係 — セファイド変光星の変光周期が長いほど、その星の真の明るさ(絶対等級)が大きい。
変光周期を観測すれば真の明るさがわかり、見かけの明るさと比較することで距離を算出できる。
宇宙膨張の発見
1920年代、エドウィン・ハッブルはアンドロメダ銀河内のセファイド変光星を観測し、アンドロメダが天の川銀河の外にある別の銀河であることを証明した。これは宇宙が天の川銀河よりはるかに広大であることを示した歴史的発見だ。
限界
セファイド変光星は明るい星だが、数千万光年を超えると個々の星を識別することが困難になる。ハッブル宇宙望遠鏡で約1億光年、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)ではさらに遠方のセファイドを観測可能だ。
第3段:Ia型超新星(〜数十億光年)
原理
Ia型超新星は、白色矮星が伴星からの質量降着でチャンドラセカール限界(太陽質量の約1.4倍)に達した時に起こる熱核爆発だ。
この爆発のメカニズムが一定であるため、最大光度がほぼ同じになる。つまり「標準光源」として使える。見かけの明るさと真の明るさを比較すれば、距離がわかる。
宇宙の加速膨張の発見
1998年、ソール・パールマッター、ブライアン・シュミット、アダム・リースの3チームは、遠方のIa型超新星の観測から、宇宙の膨張が加速していることを発見した。この発見は2011年のノーベル物理学賞に輝いた。
加速膨張の原因は「ダークエネルギー」と呼ばれる未知のエネルギーで、宇宙全体のエネルギーの約68%を占めると推定されている。
第4段:赤方偏移(宇宙の果てまで)
原理
遠方の銀河は宇宙の膨張によって地球から遠ざかっている。遠ざかる光源からの光は波長が引き伸ばされ、赤い方向にシフトする。これが赤方偏移(レッドシフト)だ。
赤方偏移の度合いはパラメータ z で表される。
- z = 0:動いていない(距離ゼロ)
- z = 1:光の波長が2倍に引き伸ばされている
- z = 10:光の波長が11倍に引き伸ばされている
ハッブルの法則
1929年にハッブルが発見した法則(ハッブル-ルメートルの法則)は以下の通りだ。
v = H₀ × d
- v:銀河の後退速度
- H₀:ハッブル定数(約70km/s/Mpc)
- d:銀河までの距離
後退速度は赤方偏移から求められるため、ハッブル定数がわかれば距離を算出できる。
ハッブル定数の問題(ハッブル・テンション)
ハッブル定数の値は測定方法によって異なる値が得られており、天文学における最大の未解決問題の一つとなっている。
- セファイド変光星+Ia型超新星による測定:約73km/s/Mpc
- 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)からの推定:約67km/s/Mpc
この約8%の食い違いは「ハッブル・テンション」と呼ばれ、測定誤差では説明できない系統的な不一致だ。新しい物理法則の存在を示唆している可能性もあり、JWSTによる精密観測で解決が期待されている。
最も遠い天体
2024年時点で確認されている最も遠い銀河はJADES-GS-z14-0で、赤方偏移z=14.32。ビッグバンから約2.9億年後の姿を捉えている。JWSTの観測能力により、宇宙の黎明期の銀河が次々と発見されている。
距離はしごの全体像
| 段階 | 方法 | 有効範囲 | 精度 |
|---|---|---|---|
| 0 | レーダー測距 | 太陽系内 | 非常に高い |
| 1 | 年周視差 | 〜数万光年(ガイア衛星) | 高い |
| 2 | セファイド変光星 | 〜1億光年 | 中程度 |
| 3 | Ia型超新星 | 〜数十億光年 | 中程度 |
| 4 | 赤方偏移+ハッブル定数 | 宇宙の果てまで | ハッブル定数の不確定性に依存 |
各段階は前の段階の結果に依存しているため、下の段に誤差があると上の段にも波及する。これが「距離はしご」と呼ばれる理由であり、各段階の精度向上が宇宙論全体に影響する。
その他の距離測定法
TRGB法(赤色巨星分枝の先端)
赤色巨星がヘリウムフラッシュを起こす時の絶対等級がほぼ一定であることを利用する方法。セファイド変光星とは独立した距離指標であり、ハッブル定数の検証に使われている。
バリオン音響振動(BAO)
宇宙初期のプラズマ中の音波の痕跡が、銀河分布に約5億光年のスケールで刻まれている。この「宇宙のものさし」を利用して、大規模構造の距離を測定する。
重力レンズ時間遅延
遠方のクエーサーの光が手前の銀河の重力で曲げられ、複数の像として見える。像ごとの光の到達時間の差から距離を推定する。
まとめ
宇宙の距離を測る方法は、近いところから遠いところへと段階的に積み上げられている。指先ほどの年周視差から始まり、変光星の明滅、超新星の爆発、光の赤方偏移へと、測定の「はしご」を上っていく。
各段階の精度向上が宇宙の歴史や構造の理解に直結するため、ガイア衛星やJWSTといった最新の観測装置の成果は、天文学全体に波及する。宇宙の距離を測ることは、宇宙そのものを理解することに他ならない。