はじめに — なぜ今「月」なのか
2020年代に入り、世界の宇宙機関と民間企業が一斉に月を目指し始めた。NASAのArtemis計画、中国の嫦娥シリーズ、日本のSLIM、インドのチャンドラヤーン3号——半世紀以上前のアポロ計画で「終わった」と思われていた月探査は、いま第2の黄金期を迎えている。
その背景には、月南極の水氷資源の発見、月面基地の建設構想、そして将来の火星有人探査の足がかりとしての月の戦略的価値がある。この記事では、月探査の歴史から2026年以降の計画まで、主要国・民間企業の動向を網羅的に整理する。
月探査の歴史 — 年表で見る65年の軌跡
ルナ計画(ソ連、1959-1976年)
ソビエト連邦は月探査の先駆者として、数々の「世界初」を達成した。
| 年 | ミッション | 成果 |
|---|---|---|
| 1959年 | ルナ1号 | 世界初の月近傍通過(フライバイ) |
| 1959年 | ルナ2号 | 世界初の月面到達(衝突) |
| 1959年 | ルナ3号 | 世界初の月の裏側撮影 |
| 1966年 | ルナ9号 | 世界初の月面軟着陸に成功。月面の画像を地球に送信 |
| 1966年 | ルナ10号 | 世界初の月周回軌道投入 |
| 1970年 | ルナ16号 | 世界初の無人サンプルリターン |
| 1970年 | ルナ17号 | 世界初の月面ローバー「ルノホート1号」を展開 |
| 1976年 | ルナ24号 | ルナ計画最後のミッション。170gのサンプルを回収 |
ルナ計画は合計24機が打ち上げられ、月探査技術の基礎を築いた。
出典: Luna programme — NASA Science 出典: Luna programme — Wikipedia
アポロ計画(米国、1961-1972年)
冷戦下でソ連に対抗するため、ケネディ大統領が「1960年代中に人間を月に送る」と宣言したことで始まったのがアポロ計画である。
| 年 | ミッション | 成果 |
|---|---|---|
| 1968年 | アポロ8号 | 初の有人月周回飛行 |
| 1969年 | アポロ11号 | 人類初の月面着陸。ニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面を歩いた |
| 1969年 | アポロ12号 | 2度目の有人月面着陸。精密着陸に成功 |
| 1970年 | アポロ13号 | 酸素タンク爆発で月面着陸を断念。乗組員は無事帰還 |
| 1971年 | アポロ14号 | 月面で初のゴルフショット(アラン・シェパード) |
| 1971年 | アポロ15号 | 初の月面車(ルナローバー)使用 |
| 1972年 | アポロ16号 | 高地地域の探査 |
| 1972年 | アポロ17号 | 最後の有人月面着陸。科学者(ハリソン・シュミット)が初めて月面に立った |
アポロ計画では6回の有人月面着陸に成功し、合計12名の宇宙飛行士が月面を歩いた。月面から合計382kgの岩石サンプルを持ち帰り、月の起源や地質に関する理解を大きく前進させた。
長い空白期間(1976-2007年)
ルナ24号(1976年)を最後に、約30年間にわたって月探査ミッションはほぼ途絶えた。この空白期間には複数の要因がある。
- 冷戦の緊張緩和 — 米ソの宇宙開発競争の動機が低下
- コストの問題 — アポロ計画は現在の価値で約2,500億ドルに相当。継続は財政的に困難だった
- 関心のシフト — NASAはスペースシャトルとISS(国際宇宙ステーション)の建設に注力
- 科学的優先度 — 惑星探査(火星、木星、土星)が科学者の関心を集めた
この時期にも、日本の「ひてん」(1990年)やアメリカの「クレメンタイン」(1994年)、「ルナ・プロスペクター」(1998年)といった月周回探査機は打ち上げられたが、着陸ミッションは行われなかった。
各国の探査再開(2007年〜)
2007年以降、複数の国が相次いで月探査ミッションを開始した。
| 年 | ミッション | 国 | 概要 |
|---|---|---|---|
| 2007年 | 嫦娥1号 | 中国 | 月周回探査機。中国初の月ミッション |
| 2007年 | かぐや(SELENE) | 日本 | 月周回探査機。高精細映像を撮影 |
| 2008年 | チャンドラヤーン1号 | インド | 月の水の証拠を発見 |
| 2009年 | LCROSS | 米国 | 月南極のクレーターに衝突体を撃ち込み、水の存在を確認 |
| 2011年 | GRAIL | 米国 | 月の重力場を詳細に測定 |
| 2013年 | LADEE | 米国 | 月の大気を調査 |
主要な月探査ミッション一覧
月面着陸に成功したミッション
2026年3月時点で、月面軟着陸に成功した国・組織は以下の通り。
| ミッション | 国・組織 | 年 | 種別 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| ルナ9号 | ソ連 | 1966 | 無人 | 世界初の月面軟着陸 |
| アポロ11号 | 米国 | 1969 | 有人 | 人類初の月面着陸 |
| アポロ12号 | 米国 | 1969 | 有人 | 精密着陸 |
| アポロ14号 | 米国 | 1971 | 有人 | |
| アポロ15号 | 米国 | 1971 | 有人 | 月面車初使用 |
| アポロ16号 | 米国 | 1972 | 有人 | |
| アポロ17号 | 米国 | 1972 | 有人 | 最後の有人着陸 |
| ルナ16/20/24号 | ソ連 | 1970-76 | 無人 | サンプルリターン |
| 嫦娥3号 | 中国 | 2013 | 無人 | 月面ローバー「玉兎号」展開 |
| 嫦娥4号 | 中国 | 2019 | 無人 | 世界初の月の裏側着陸 |
| 嫦娥5号 | 中国 | 2020 | 無人 | サンプルリターン(1,731g) |
| 嫦娥6号 | 中国 | 2024 | 無人 | 世界初の月裏側サンプルリターン |
| チャンドラヤーン3号 | インド | 2023 | 無人 | 月南極付近に着陸。世界4番目の月面着陸国 |
| SLIM | 日本 | 2024 | 無人 | ピンポイント着陸技術を実証。世界5番目の月面着陸国 |
| IM-1(Odysseus) | Intuitive Machines(米) | 2024 | 無人 | 民間初の月面着陸(横転して着陸) |
失敗・部分成功に終わったミッション
| ミッション | 国・組織 | 年 | 結果 |
|---|---|---|---|
| ベレシート | イスラエル(SpaceIL) | 2019 | 着陸直前にエンジン故障で墜落 |
| チャンドラヤーン2号(ヴィクラム) | インド | 2019 | 着陸船が月面衝突。軌道船は成功 |
| HAKUTO-R Mission 1 | ispace(日本) | 2023 | 高度推定エラーで月面に衝突 |
| ルナ25号 | ロシア | 2023 | 軌道制御失敗で月面に衝突。ロシア47年ぶりの月ミッションが失敗 |
| OMOTENASHI | JAXA(日本) | 2022 | 通信途絶で月面着陸を断念。Artemis Iの相乗り小型探査機 |
| Peregrine Mission One | Astrobotic(米) | 2024 | 打ち上げ後に推進剤漏れ。月面到達できず |
出典: Moon Missions — NASA Science 出典: List of missions to the Moon — Wikipedia
NASAのArtemis計画 — 人類の月面回帰
計画の概要
Artemis計画は、NASAが主導する有人月探査プログラム。「人類を月に持続的に送り込み、将来の火星有人探査の足がかりにする」ことを目指す。計画名はギリシャ神話の月の女神アルテミスに由来し、アポロ(太陽の神)計画の後継を意味する。
主要な構成要素は以下の3つ。
- SLS(Space Launch System) — NASAが開発した超大型ロケット。サターンV以来の月到達能力を持つ
- Orion(オリオン)宇宙船 — 深宇宙対応の有人宇宙船。ESAがサービスモジュールを提供
- Starship HLS(Human Landing System) — SpaceXのStarshipを月着陸船として使用
Artemis I(2022年)— 無人テスト飛行
2022年11月16日に打ち上げ。Orion宇宙船は月を周回し、月面から約130kmまで接近した後、25日間の飛行を経て太平洋に着水した。
主な成果:
- SLSロケットの初飛行に成功
- Orion宇宙船の耐熱シールド、航法システム、生命維持システム(無人状態)を検証
- 月から約64,000km先の遠方逆行軌道(DRO)を飛行し、アポロ13号の記録を超える地球からの最遠到達距離を記録
ただし、帰還時にヒートシールドの一部が想定と異なる摩耗パターンを示したことが後の調査で判明し、Artemis IIの設計変更につながった。
出典: Artemis I — NASA
Artemis II(2026年予定)— 有人月周回
4名の宇宙飛行士がOrion宇宙船に搭乗し、月を周回して帰還する約10日間のミッション。月面への着陸は行わない。53年ぶりの有人月近傍飛行となる。
2026年4月の打ち上げを目標に準備が進められている。クルーは、NASAのリード・ワイズマン(コマンダー)、ビクター・グローバー(パイロット)、クリスティーナ・コック(ミッションスペシャリスト)、そしてカナダ宇宙庁のジェレミー・ハンセン(ミッションスペシャリスト)の4名。
Artemis III(2027年以降予定)— 有人月面着陸
Artemis計画の最大の目標である有人月面着陸ミッション。SpaceXのStarship HLS(Human Landing System)を月着陸船として使用する計画。アポロ17号以来、半世紀以上ぶりの有人月面着陸となる。
当初は2025年末の予定だったが、Starship HLSの開発遅延やGateway計画の見直しにより、2027年以降にずれ込む見通し。着陸地点は月南極付近が検討されている。
出典: Artemis III — NASA 出典: Beyond Artemis 2: NASA pursuing a ‘more achievable’ path back to the moon — Space.com(2026年3月)
Gateway(月周回ステーション)構想
Gateway(ゲートウェイ)は、月周回軌道上に建設予定だった小型宇宙ステーション。月面着陸の中継拠点として構想された。
しかし、2025年5月のトランプ政権によるFY2026予算案でGateway計画の中止が提案された。コスト増大や商業的代替手段の可能性が理由とされる。2026年3月時点では事実上の中止に向かっているが、ESA、JAXA、CSAなどの国際パートナーが開発を進めていたため、外交的な調整が続いている。
中国の月探査 — 嫦娥計画の全貌
中国の月探査プログラム「嫦娥計画(Chang’e)」は、中国国家航天局(CNSA)が2004年から段階的に進めてきた計画で、「周回→着陸→サンプルリターン」の3段階戦略を着実に実行している。計画名は中国神話で月に住む仙女「嫦娥(じょうが)」に由来する。
嫦娥3号(2013年)— 37年ぶりの月面着陸
2013年12月14日、嫦娥3号は月の「雨の海」に着陸し、ローバー「玉兎号(ぎょくとごう)」を展開した。無人探査機による月面着陸は1976年のルナ24号以来37年ぶりであり、中国は米国・ソ連に次ぐ世界3番目の月面着陸国となった。
嫦娥4号(2019年)— 世界初の月の裏側着陸
2019年1月3日、嫦娥4号は月の裏側にあるフォン・カルマン・クレーターに着陸した。月の裏側は地球から直接通信ができないため、中継衛星「鵲橋(じゃっきょう)」を月のラグランジュ点L2に先行投入して通信を確保するという高度な技術を実証した。
ローバー「玉兎2号」は月面で複数年にわたり稼働し、月の裏側の地質データを収集した。
嫦娥5号(2020年)— 44年ぶりの月サンプルリターン
2020年12月、嫦娥5号は月の「嵐の大洋」から約1,731gの月面サンプルを採取し、地球に持ち帰った。無人でのサンプルリターンは1976年のルナ24号以来44年ぶり。採取された試料の分析から、月の火山活動が約20億年前まで続いていたことが判明し、従来の学説を覆す重要な科学的発見につながった。
出典: Chang’e 5 — NASA Science 出典: Chang’e 5 samples reveal key age of moon rocks — Nature(2021年)
嫦娥6号(2024年)— 月の裏側からの世界初のサンプルリターン
2024年6月、嫦娥6号は月の裏側にある南極エイトケン盆地から約1,935gのサンプルを採取し、地球に帰還した。月の裏側からのサンプルリターンは世界初の快挙であり、月の表と裏の地質の違いを解明する上で極めて重要なデータとなる。
出典: Chang’e 6 — Wikipedia 出典: China’s Chang’e 6 returns samples from far side of the moon — Nature(2024年)
嫦娥7号(2026年予定)— 月南極探査
嫦娥7号は月南極のシャクルトン・クレーター付近への着陸を計画しており、水氷の直接探査が主要な目的。着陸船、ローバー、飛翔探査機(ホッピングロボット)、中継衛星「鵲橋2号」で構成される。2026年中の打ち上げを目指している。
国際月面研究ステーション(ILRS)
中国とロシアが共同で提案する月面拠点構想。2035年頃の基本型完成を目指す。嫦娥8号(2028年予定)が基盤となるインフラを建設する役割を担う。パキスタン、ベネズエラ、南アフリカ、エジプト、タイなど複数の国が参加を表明しており、NASAのArtemis計画に対抗する国際的な枠組みとして注目されている。
日本の月探査 — SLIM・JAXA・ispace
SLIM(2024年)— ピンポイント着陸の実証
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小型月着陸実証機SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)は、2024年1月20日に月面の「神酒の海」にあるシオリ・クレーター付近に着陸した。
SLIMの最大の技術的成果はピンポイント着陸。従来の月着陸機が数km〜数十kmの誤差で着陸していたのに対し、SLIMは目標地点からわずか約55mの誤差で着陸することに成功した。これにより、「降りたいところに降りる」精密着陸技術が実証された。
ただし、着陸直前にメインエンジンのノズルが脱落したため、想定とは異なる姿勢(逆さま)で着陸した。太陽電池パネルが月面側を向いたため当初は発電ができなかったが、太陽の角度が変わった後に発電が復旧し、科学観測データの取得に成功した。
日本はこの成功により、ソ連、米国、中国、インドに次ぐ世界5番目の月面着陸国となった。
出典: SLIM — JAXA 出典: Japan’s SLIM ‘Moon Sniper’ Lands on the Moon — NASA(2024年1月)
OMOTENASHI(2022年)— Artemis I相乗りの失敗
OMOTENASHIは、Artemis Iのミッションに相乗りした超小型探査機(6Uキューブサット)で、世界最小の月着陸機を目指していた。しかし、Orion宇宙船から分離後に通信が途絶し、月面着陸を断念した。姿勢制御の問題が原因とされている。
LUPEX(2026年以降)— 月極域の水を探る
LUPEX(Lunar Polar Exploration Mission)は、JAXAとインド宇宙研究機関(ISRO)の共同ミッション。月の南極付近に着陸し、ローバーで水氷の存在を直接確認することが目的。JAXAがローバー、ISROが着陸船を担当する。
当初は2025年の打ち上げを予定していたが、2026年以降に延期されている。月面での水の利用可能性を探る上で、将来の月面基地構想に直結する重要なミッション。
出典: LUPEX — JAXA
ispace — 民間初の月面着陸を目指す
東京に本社を置く宇宙スタートアップispaceは、「HAKUTO-R」プログラムで月着陸を目指している。
- Mission 1(2023年4月) — 着陸船が月面上空で高度の推定を誤り、燃料切れで月面に衝突して失敗
- Mission 2(2024-2025年) — 再挑戦の月着陸ミッション。小型ローバー「TENACIOUS」を搭載
- Mission 3以降 — 月面での物資輸送サービスの商業化を目指す
ispaceはNASAのCLPS(Commercial Lunar Payload Services)プログラムにも参加しており、月面輸送の商業化を推進している。
出典: ispace公式サイト 出典: HAKUTO-R — Wikipedia
インドの月探査 — ISROの急速な台頭
インド宇宙研究機関(ISRO)は、低コストかつ高効率な宇宙開発で知られ、月探査でも着実に成果を上げている。
チャンドラヤーン1号(2008年)— 月の水の発見
2008年10月に打ち上げられたインド初の月探査機。月周回軌道から分離した衝突探査機(Moon Impact Probe)が月面に衝突する際のデータと、搭載されたNASAの分光計(M3)のデータから、月面に水分子(H₂O)とヒドロキシル基(OH)が存在する証拠が得られた。
この発見は、月には水がないという従来の定説を覆し、その後の月南極探査ブームの引き金となった。
チャンドラヤーン2号(2019年)— 着陸は失敗、軌道船は成功
2019年7月に打ち上げ。軌道船、着陸船「ヴィクラム」、ローバー「プラギャン」で構成。着陸船は降下の最終段階で通信を喪失し、月面に衝突した。ただし、軌道船は予定の1年を大幅に超えて稼働を続け、月面の高精細画像や組成データを取得した。
チャンドラヤーン3号(2023年)— 月南極付近への着陸成功
2023年8月23日、チャンドラヤーン3号の着陸船「ヴィクラム」が月の南極付近(南緯69.37度)に軟着陸に成功した。インドは米国、ソ連、中国に次ぐ世界4番目の月面着陸国となった。
ローバー「プラギャン」は約2週間(月の1日間)にわたって月面を走行し、月面の化学組成を分析。硫黄の存在を確認するなどの成果を挙げた。ミッションの総費用は約75億ルピー(約100億円)で、ハリウッド映画の制作費より安いことでも話題を集めた。
民間企業の月着陸ミッション
CLPSプログラムをはじめ、NASAは民間企業に月面への物資輸送を委託する方針を打ち出している。2024年以降、複数の民間月着陸ミッションが相次いでいる。
| 企業 | ミッション | 年 | 結果 | 概要 |
|---|---|---|---|---|
| SpaceIL(イスラエル) | ベレシート | 2019 | 失敗 | 民間初の月着陸を目指すも、エンジン故障で墜落 |
| ispace(日本) | HAKUTO-R M1 | 2023 | 失敗 | 高度推定エラーで月面衝突 |
| Astrobotic(米国) | Peregrine M1 | 2024 | 失敗 | 打ち上げ後に推進剤漏れ、月面到達できず |
| Intuitive Machines(米国) | IM-1 Odysseus | 2024 | 部分成功 | 民間初の月面着陸に成功。ただし横転した状態で着陸 |
| Intuitive Machines(米国) | IM-2 | 2025 | 部分成功 | 月南極付近に着陸。水氷ドリル実験を搭載 |
| ispace(日本) | HAKUTO-R M2 | 2024-25 | 進行中 | 再挑戦の月着陸ミッション |
| Firefly Aerospace(米国) | Blue Ghost M1 | 2025 | 成功 | CLPS契約による月面着陸。10個のペイロードを搭載 |
民間の月着陸は技術的ハードルが非常に高く、失敗が相次いでいる。しかし、Intuitive MachinesやFirefly Aerospaceの成功により、商業的な月面輸送サービスが現実味を帯びてきた。
出典: Commercial Lunar Payload Services — NASA 出典: IM-1 Mission — Intuitive Machines
月面基地構想 — 各国の計画比較
月探査が再び活発化している最大の理由の一つが、月面に恒久的な拠点を建設するという構想である。
NASA — Artemis Base Camp
NASAは月南極に「Artemis Base Camp」を段階的に建設する構想を持っている。構成要素は以下の通り。
- 月面居住モジュール — 最大4名が30〜60日間滞在可能
- 月面ローバー(LTV) — 与圧式。長距離移動に使用
- 月面電力システム — 原子力発電(Fission Surface Power)を検討
ただし、Gateway計画の中止や予算削減の影響で、Artemis Base Campの実現時期は不透明な状況にある。
中国・ロシア — 国際月面研究ステーション(ILRS)
中国とロシアが共同で推進する月面基地構想。2035年頃の基本型完成を目標とし、嫦娥8号(2028年予定)が最初のインフラ構築を担う。3Dプリンティングによるレゴリス(月の砂)を活用した建設技術や、月面での資源利用(ISRU)技術の開発が進められている。
NASA主導のArtemis計画とは別の国際的な枠組みであり、「月の二大陣営」として宇宙における地政学的な競争が形成されつつある。
ESA — Moon Village
欧州宇宙機関(ESA)の元長官ヨハン=ディートリッヒ・ヴェルナーが提唱した「Moon Village(ムーンビレッジ)」構想。特定の設計図ではなく、月面に国際的な研究・商業活動の拠点を開放的に構築するという概念。3Dプリンティングによる月面構造物の建設や、月の溶岩チューブの利用が検討されている。
日本の参加計画
日本は主にArtemis計画の枠組みで月面活動への参加を計画している。
- 与圧ローバー — トヨタとJAXAが共同開発する月面探査車「LUNAR CRUISER」。燃料電池で駆動し、宇宙服なしで月面を長距離移動できる
- Gateway参加 — 日本はGatewayの居住モジュール(I-HAB)への機器提供を予定していたが、Gateway計画の中止方針を受けて調整中
- 日本人宇宙飛行士の月面活動 — 2024年4月、日米首脳会談で「日本人宇宙飛行士が月面に立つ」ことが合意された
月の資源 — 水氷、ヘリウム3、レゴリス
月探査が再び注目される背景には、月の資源としての潜在的価値がある。
水氷(月南極の永久影)
月の南極にあるクレーターの永久影(太陽光が一切届かない領域)には、水氷が存在することが複数のミッションで確認されている。
- 量の推定 — NASAのLCROSSミッション(2009年)の分析から、月面には数億トンの水氷が存在する可能性が指摘されている
- 利用方法 — 飲料水、酸素の生成、水素と酸素に分解してロケット燃料(液体水素+液体酸素)として使用
- 戦略的意義 — 月面で燃料を製造できれば、地球からの輸送コストを大幅に削減でき、月を「宇宙のガソリンスタンド」として活用できる
ヘリウム3
月のレゴリス(表土)には太陽風由来のヘリウム3(³He)が含まれている。ヘリウム3は将来の核融合燃料の候補として注目されているが、現時点では核融合発電自体が実用化されておらず、資源としての利用は長期的な展望にとどまる。
レゴリス利用(ISRU)
月面の砂であるレゴリスは、建設資材としての利用が研究されている。3Dプリンティング技術を用いてレゴリスを焼結し、月面構造物を建設する実験がESAやNASAで進められている。地球から建材を輸送するコスト(1kgあたり数百万〜数千万円)を考えると、現地の資源を活用するISRU(In-Situ Resource Utilization:その場資源利用)は月面基地建設に不可欠な技術である。
月面着陸国の一覧(2026年3月時点)
| 順位 | 国 | 初の月面着陸 | ミッション |
|---|---|---|---|
| 1 | ソビエト連邦 | 1966年 | ルナ9号 |
| 2 | アメリカ合衆国 | 1966年 | サーベイヤー1号(無人)/ アポロ11号(有人、1969年) |
| 3 | 中国 | 2013年 | 嫦娥3号 |
| 4 | インド | 2023年 | チャンドラヤーン3号 |
| 5 | 日本 | 2024年 | SLIM |
FAQ — よくある質問
Q. 月に行った人は何人いる?
アポロ計画(1969-1972年)で、合計12名の宇宙飛行士が月面を歩いた。月面に着陸はせず月を周回した飛行士を含めると、月近傍まで到達した人間は合計24名。全員がアメリカ人男性である。Artemis計画では初の女性および有色人種の宇宙飛行士の月面着陸を目指している。
Q. 次に人類が月に立つのはいつ?
NASAのArtemis III(有人月面着陸)は当初2025年末を予定していたが、2027年以降にずれ込む見通し。SpaceXのStarship HLSの開発進捗と、NASAの予算状況に大きく依存する。中国も2030年代前半の有人月面着陸を計画している。
Q. 月面基地はいつできる?
NASAのArtemis Base Campと中国のILRSがそれぞれ2030年代の建設を目指しているが、技術的課題(放射線防護、電力供給、生命維持)と資金の確保が大きなハードルとなっている。恒久的な基地の運用開始は2040年代になるとの見方もある。
Q. 日本人が月に行く予定はある?
2024年4月の日米首脳会談で、日本人宇宙飛行士がArtemis計画の一環として月面に立つことが合意された。具体的な時期は未定だが、Artemis IV以降のミッション(2030年前後)での実現が見込まれている。日本はLUNAR CRUISER(与圧ローバー)の提供や、Gatewayへの技術貢献を通じて参加枠を確保している。
Q. 月の水は飲めるの?
月南極の永久影に存在する水氷は、不純物を含んでいるためそのままでは飲用に適さない。ただし、加熱して蒸留・精製することで飲料水として利用できる可能性がある。それ以上に重要なのは、水を電気分解して水素と酸素に分離し、ロケット燃料や呼吸用酸素として活用する用途である。
参考とした資料
- NASA Moon Exploration — NASAの月探査ミッション一覧
- Artemis Program — NASA — Artemis計画公式ページ
- JAXA月探査 — JAXA SLIM公式ページ
- ISRO Chandrayaan Programme — ISRO月探査プログラム
- China Lunar Exploration Program — Wikipedia — 中国嫦娥計画の詳細
- The Planetary Society — Moon Landings — 月面着陸ミッションの包括的リスト
- Commercial Lunar Payload Services — NASA — CLPS民間月面輸送プログラム
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