「宇宙は1つではなく、無数に存在するかもしれない」——かつてSFの題材でしかなかったこの考えが、現代の理論物理学では真剣に議論されている。多元宇宙論(マルチバース理論)の概要を解説する。
マルチバースとは
マルチバース(multiverse)は、私たちが観測できる宇宙(ユニバース)が宇宙の全体ではなく、他にも多数の宇宙が存在するという概念だ。「並行宇宙」「パラレルワールド」とも呼ばれるが、物理学の文脈では異なるレベルの意味を持つ。
マルチバースの4つのレベル
MITの物理学者マックス・テグマークは、マルチバースを4つのレベルに分類した。
レベル1:観測不能な遠方の宇宙
インフレーション理論によれば、宇宙は観測可能な範囲(半径約465億光年)をはるかに超えて広がっている。十分に遠い場所には、同じ物理法則のもとで異なる初期条件から始まった領域が無数に存在する可能性がある。
レベル2:異なる物理定数を持つ宇宙
永久インフレーション(エターナルインフレーション)の理論では、宇宙全体が止めどなく膨張し続ける中で、局所的にインフレーションが終了した「泡宇宙」が無数に生まれる。各泡宇宙では物理定数(重力定数、電磁力の強さなど)が異なる可能性がある。
レベル3:量子力学の多世界解釈
量子力学の「多世界解釈」(エヴェレット解釈)では、量子的な測定が行われるたびに宇宙が分岐し、すべての可能な結果が別々の宇宙で実現する。シュレーディンガーの猫は、生きている宇宙と死んでいる宇宙の両方に存在する。
レベル4:異なる数学的構造を持つ宇宙
テグマークが提唱する最も大胆なレベル。数学的に自己矛盾のない構造はすべて、どこかの宇宙として物理的に実在するという仮説。私たちの宇宙の物理法則は、無数に存在しうる数学的構造の1つに過ぎないとする。
マルチバースを示唆する理論的根拠
インフレーション理論
宇宙は誕生直後の10⁻³⁶秒〜10⁻³²秒の間に指数関数的に膨張したとする理論。インフレーションが宇宙全体で同時に終了するとは限らず、終了した領域が「泡宇宙」として独立する——これが永久インフレーションによるマルチバースだ。
超弦理論のランドスケープ
超弦理論(スーパーストリング理論)は、宇宙が10次元(または11次元)であることを予測する。余剰の次元がどのように「コンパクト化」されるかによって、異なる物理法則を持つ宇宙が生まれる。その可能性の数は10⁵⁰⁰以上とされ、「ストリングランドスケープ」と呼ばれている。
人間原理
宇宙の物理定数が生命の存在に極めて精密に調整されている事実(ファインチューニング問題)を、マルチバースで説明する試みがある。無数の宇宙が存在すれば、その中に生命に適した定数を持つ宇宙が確率的に含まれるのは必然だ——私たちはたまたまそのような宇宙に生まれたに過ぎない。
マルチバースは検証可能か
現在の限界
マルチバースの最大の問題は「科学的に検証可能か」という点だ。他の宇宙を直接観測することはできないため、反証不可能な仮説ではないかという批判がある。
間接的な検証の可能性
- 泡宇宙の衝突痕 — 私たちの宇宙が別の泡宇宙と衝突した場合、CMB(宇宙マイクロ波背景放射)に円形の温度異常として痕跡が残る可能性がある。Planck衛星のデータから探索が行われたが、決定的な証拠は見つかっていない
- 原始重力波 — インフレーション理論の検証は、CMBのBモード偏光の観測を通じて間接的にマルチバースの可能性を支持(または否定)しうる
- 物理定数の統計的分布 — マルチバースが正しければ、私たちの宇宙の物理定数は特定の統計的分布に従うはずだ
批判と反論
「科学ではない」という批判
ノーベル賞物理学者のロジャー・ペンローズらは、マルチバースが反証不可能であり科学の範疇を超えていると批判している。
物理学者の反論
カリフォルニア大学バークレー校の野村泰紀教授は、マルチバースは超弦理論とインフレーション理論の論理的帰結であり、それらの理論が他の観測事実と一致する以上、マルチバースも真剣に受け止めるべきだと主張している。
関連するトピック
マルチバースの議論は、以下の未解決問題と密接に関連している。
- ダークエネルギーの値 — なぜダークエネルギーの値はこれほど小さいのか。マルチバースでは「人間原理的な選択」で説明される
- 宇宙の始まり — インフレーション以前に何があったのか
- 意識と物理学 — 量子力学の観測問題とマルチバースの関係
まとめ
多元宇宙論は、まだ証明も反証もされていない「仮説」の段階にある。しかし、インフレーション理論と超弦理論という現代物理学の2大理論が共にマルチバースを予測するという事実は無視できない。CMB偏光観測や重力波天文学の進展により、間接的にではあれ検証への道が開かれつつある。