無重力ではトイレが使えない?
地球のトイレは重力を利用して排泄物を下に流す仕組みだ。しかし無重力のISS(国際宇宙ステーション)では重力が使えないため、**空気の流れ(吸引力)**で排泄物を正しい方向に導く必要がある。
宇宙飛行士たちが「宇宙で最も難しいこと」に挙げることもある宇宙トイレ。その仕組みと進化の歴史を見ていこう。
ISSの最新トイレ — UWMS
2020年にISSに搭載された**UWMS(Universal Waste Management System)**は、NASAが約2,300万ドル(約35億円)をかけて開発した最新型の宇宙トイレだ。
基本的な仕組み
- 尿の回収: ファンネル(漏斗)付きのホースを使用。ファンで空気を吸引し、尿をタンクに導く
- 便の回収: 便座に座り、ファンで空気を吸引して便を収集袋に導く。便座の開口部は直径約15cmと小さく、正確な「着座位置」が重要
- 同時使用: UWMSは尿と便を同時に処理でき、従来型より使いやすくなった
UWMSの特徴
| 項目 | UWMS | 旧型(WHC) |
|---|---|---|
| 素材 | チタン製 | ステンレス製 |
| サイズ | 旧型より65%小型 | 大型 |
| 重量 | 旧型より40%軽量 | 重い |
| 女性への配慮 | 設計段階から考慮 | 男性基準 |
| 臭気対策 | ファン停止まで脱臭継続 | 限定的 |
| 開発費 | 2,300万ドル | — |
UWMSは初めて女性の使用を設計段階から考慮した宇宙トイレで、尿と便を同時に処理できるようになった。
尿は飲料水になる
ISSでは宇宙飛行士の尿を飲料水にリサイクルしている。尿は水回収システム(WRS)に送られ、汗や呼気の水分とともに浄水処理される。
- 回収率: 約90%の水分をリサイクル
- 浄水技術: 蒸留・フィルタリング・化学処理の多段階プロセス
- 品質: 地上の水道水よりも高い基準で浄化
NASAの宇宙飛行士ジェシカ・メイアは「ISSでは水ベースの液体の約90%をリサイクルしている。尿も汗も含めて」と説明している。このリサイクルにより、地球からの水の輸送量を大幅に削減できている。
便の処理
固形廃棄物(便)は防水袋に個別に密封され、便収集キャニスターに圧縮保管される。
- 一部: 地球に帰還させ、医学的な評価に使用
- 大部分: 補給船に積み込まれ、大気圏再突入時に燃え尽きる
つまり、宇宙飛行士の便の多くは「流れ星」として地球の大気中で消滅する。
宇宙トイレの進化の歴史
マーキュリー・ジェミニ計画(1960年代前半)
最初期の宇宙飛行では、飛行時間が短かったためトイレは簡素だった。尿は収集袋に入れ、便はおむつに頼ることもあった。
アポロ計画(1960年代後半〜1970年代)
アポロ宇宙船では「便収集袋」が使われた。粘着テープでお尻に貼り付け、用を足した後に殺菌剤を入れて密封する。宇宙飛行士たちからは「最悪の経験」と評された。
アポロ10号では、船内に浮遊する正体不明の物体をめぐって乗組員が議論する有名なエピソードがある。
スペースシャトル(1981〜2011年)
シャトルで初めて本格的な宇宙トイレが導入された。ファンによる吸引式で、足のストラップとハンドルで体を固定する設計。しかし故障が多く、宇宙飛行士からの不満も多かった。
ISS初期(2000年代〜)
ロシア製のACY(Ассенизационное устройство)と米国製のWHC(Waste and Hygiene Compartment)が使用された。基本原理は吸引式で、個室にカーテンで仕切られたプライバシー空間が確保された。
UWMS(2020年〜現在)
前述の最新型。深宇宙探査(月面・火星)にも対応できるよう設計されている。
宇宙飛行士の証言
宇宙飛行士たちは宇宙トイレについてさまざまな感想を述べている。
- ESAのサマンサ・クリストフォレッティ: 「最初にやることはファンのスイッチを入れること。最後にやることはファンを切ること。吸引力がすべてを正しい方向に導いてくれる」
- NASAのスコット・ケリー: 「宇宙のトイレは地球のトイレより複雑だが、慣れればそこまで悪くない」
宇宙トイレのトリビア
トイレトレーニング
ISSに行く前に、宇宙飛行士はJSC(ジョンソン宇宙センター)で宇宙トイレの使い方を訓練する。便座の開口部が小さいため、カメラ付きの訓練用便器で「正しい位置」を確認する練習が行われる。
値段の変遷
スペースシャトル時代のトイレは約3,000万ドル、ISSのWHC(旧型)は約1,900万ドル、最新のUWMSは約2,300万ドル。性能は向上しているが、いずれも地上のトイレとは比較にならない高額だ。
アポロの汚れた秘密
アポロ計画では全乗組員が便収集袋の使用を嫌い、できるだけトイレを我慢する傾向があった。ミッション中の排便回数は地上の半分以下だったと報告されている。
女性宇宙飛行士の課題
初期の宇宙トイレは男性の使用を前提に設計されており、女性宇宙飛行士にとって使いにくいものだった。UWMSは設計段階から女性の使用を考慮した初めての宇宙トイレであり、この改善は大きな進歩とされている。
将来の宇宙トイレ
月面基地や火星ミッションでは、さらに進化した廃棄物処理システムが必要になる。NASAは以下の研究を進めている。
- 完全閉鎖型リサイクル: 尿・便から水・肥料・エネルギーを100%回収
- バイオリアクター: 微生物を使って廃棄物を分解し、植物栽培の肥料に変換
- 3Dプリント対応: 宇宙で部品を製造し、故障時に自力修理
月面トイレの設計では、地球の6分の1の重力をどう活用するかが鍵になる。完全な無重力ではないため、ある程度は重力に頼った設計が可能だが、地球のトイレとは根本的に異なるアプローチが必要だ。
NASAは2020年に「月面トイレチャレンジ」というコンテストを開催し、月面環境で使用できるトイレのアイデアを一般から募集した。35,000件以上の応募が寄せられ、革新的なデザインが複数選出されている。
まとめ
宇宙トイレは、宇宙開発の中でも最も「人間的な」技術課題だ。アポロ時代の粘着テープ式から始まり、60年以上の改良を経て、2,300万ドルのチタン製UWMSに進化した。今後の月面・火星ミッションでは、さらなる革新が求められている。宇宙での「当たり前」を実現するために、地上では想像もしない技術が詰め込まれている。
宇宙トイレの進化は、宇宙開発が「行って帰ってくる」段階から「宇宙で暮らす」段階へと移行していることの象徴でもある。宇宙旅行が身近になるにつれ、快適なトイレ環境は宇宙での生活品質を左右する重要な要素となるだろう。
よくある質問(FAQ)
ISSのトイレは何個ある?
ISSには米国セグメントとロシアセグメントにそれぞれ1つずつ、合計2つのトイレがある。UWMSは米国側、ACYはロシア側に設置されている。
宇宙トイレの使用時間は?
平均的な使用時間は、小は約5分、大は約10〜15分。地上のトイレよりも手順が多いため時間がかかる。
おむつを使うこともある?
EVA(船外活動)中は宇宙服を脱げないため、**MAG(Maximum Absorbency Garment)**と呼ばれる高吸収性おむつを着用する。打ち上げ・帰還時も同様だ。
参考としたサイト
- NASA Boldly Go! UWMSの解説
- Space.com How Do Astronauts Use the Bathroom in Space?
- Smithsonian NASA’s New $23 Million Space Toilet
- JAXA きぼうキッズ トイレの仕組み